8月号
ノースウッズに魅せられて Vol.01
生命を与える大地
「高度を下げつつ、太陽をこの方角に見ながら、水平線にかからないように翼を傾けて…」
時速100ノットで飛ぶセスナ180の中で、ぼくは手振りも交えてパイロットに細かく指示を出す。やがて無数の湖が、沈みゆく太陽に照らされて淡く染まり始めた。
「このまま真っ直ぐ…」
カメラを構えて、連続でシャッターを切る。構図の邪魔になるので、ドアは最初から外してある。少しでも機材が外に出ると、強風に持っていかれそうになる。
日没ギリギリの光を狙いたい。しかも、ドアを取り外してほしい。面倒な依頼だが、初対面のパイロットが「面白そうだ」と乗り気になってくれたのはありがたい。
飛んでいたのは、カナダ、オンタリオ州北西部にあるウッドランド・カリブー州立公園の上空。一切の開発が許されない「ウィルダネス」にランクされる原野だ。
南米のアマゾン、シベリアのタイガ、東南アジアやアフリカの熱帯雨林ほど日本では知られていないが、この北米の北方林もまた、地球上に残された最大規模の原生林のひとつである。
広大な森の中でも、この一帯は、2017年夏、カナダで最初の、世界でも38しかない、自然と文化の世界複合遺産に登録された。名称はオジブワ族の言葉で「ピマチオウィン・アキ=生命を与える大地」。
知らなければ人跡未踏に見える原生林も、数千年に渡って人々が狩猟採集を営んできた生活の場。自然と文化は最初から切り離せるものではない。そんな思想が、その名称に反映されている。
2020年5月に新たに公開しました
写真家 大竹 英洋
北米の湖水地方「ノースウッズ」をフィールドに、野生動物や人と自然との関わりを撮影。主な写真絵本に『ノースウッズの森で』(福音館書店)。『そして、ぼくは旅に出た。』(あすなろ書房)で梅棹忠夫山と探検文学賞、2018年日経ナショナルジオグラフィック写真賞最優秀賞受賞。