4月号
「神戸で落語を楽しむ」シリーズ なぜ、こんなに面白いものを見ないのか
落語家 笑福亭 たま さん
─落語の世界に入ったきっかけは?
大学3回生の終わりの就職活動です。1人でもできる一生の仕事を探していたら、落語家という職業が気になって。ピン芸人なんて言葉は無かった時代です。落語研究会を覗いて三代目桂春団治師匠のカセットテープを聞いた時に「こんな面白い世界があるんや」って。ライブで味わう落語の面白さを師匠(笑福亭福笑)の「刻うどん」で知り、この世界で生きていこうと決めました。
─入門された頃の落語人気は?
今もですけど、一般の人はラジオやテレビで落語を聞く事はほとんどないと思います。昔は落語会に来るお客さんはもっと少なくて「何でこんなに面白いもんを見ないんや。俺も知らんかったけど」という素朴な疑問がありました。
多くの人に見てもらうためにどうすれば良いか。他の落語会よりも自分の落語会に来てもらう方法は何か。落語家という商売をすることは、その問題を解決していくことだと思いました。
─どういう方法をとられているのですか?
マスコミで売れたい人の逆の方法ですね。よく取材で「落語を聞いたことのない人に落語を伝えたい」とか「若い人に見てもらいたい」て言う噺家おるでしょ。それの逆で「見たい人に落語を見せる」「歳をとったら落語は聞きたくなるはず」という信念ですね。今、ケーキを食べたい人にイチゴ大福をナンボ美味いって勧めても無駄。イチゴ大福を知らない人には説明は不要で、「食べてみたい」と思った時に食べさせれば良い。それと一緒。あと来たいと思った人を逃がさない。具体的には他人主催の落語会で出来るだけ面白い落語をして、その時にチラシをいっぱい配って新規客を獲得する。自分の落語会に来た顧客には封書でDMを送る。送料はかかっても落語会のお客は年配が中心なんで、やっぱり手紙がええと思ってます。今の時代、経費削減でメールやツイッターだけの宣伝が増えましたけど、僕の場合は費用高でも、売上増加と集客増加を考えるとチラシや手紙の紙媒体です。
─チラシが大事なんですか?
ネットは見ようと思ったものでないと検索できないでしょ。何も知らない人がいきなり「笑福亭たま」を検索する事はありえない。ネットは、自分が知らない事を自覚したものしか検索できないんです。全く知らないものは検索できない。それに初めて生で僕を見て面白かったとしても、その日に僕の落語会をわざわざ検索するのは、かなりの労力です。だから僕を初めて見て面白いと思ってもらえたその瞬間がチャンスで、その時に手元にチラシがあれば検索する手間が省けます。近々から3ヶ月先ぐらいまでの平日夜と日曜昼の落語会のチラシをいっぱい配っておくんです。どれかは都合がつくでしょうし、それで来ないのは自分の落語がそこまで面白くないだけですから。あくまで自分の統計ですけど、他人主催の落語会で私が目茶苦茶ウケた場合、そこで私を見たお客様は1人、チラシに書いてる落語会に来てくれます。1000人の会でも1人、50人の会でも1人という統計です。そういう1人ずつのお客を、砂をかき集めるように地道に増やしています。
けど、こんな風に経営の戦略や戦術を色々考えますけど、そもそも落語が面白くなかったら成り立たないので、結局、落語を面白くする努力が一番大事やとつくづく思います。
─落語を面白くする努力って、どんなことをしていますか?
「落語が面白い」と思ってもらうには、落語家個人の力だけではないんです。もちろん台本を変えたり、稽古をするのは当たり前ですが、お客様の感受性とも関係します。落語を映画に例えると、落語家の喋りが映写機で、お客様の脳みそがスクリーンなので、お客様の集中力や想像力が増せば、同じ落語家の落語でも自ずと面白くなります。つまりお客様を前からギュッと詰めて座らせれば、一体感が出てお客様の集中力が増します。受付スタッフの対応が明快で丁寧だと、開演前からお客様はストレスなく「落語を楽しむこと」だけに集中できます。僕の落語会は出演者やスタッフ・舞台さん全員の力を借りて快適な環境を作り、お客様の想像力を高めています。ある意味、「笑福亭たまが作る落語会は面白い」を「笑福亭たまは面白い」にすり替えてるんですけど。まあ、こんだけ落語以外を頑張って、これで面白くないと思われたら自分の落語が悪いと諦めもつくし。逆に背水の陣で落語そのものと向き合う事になりますけど。
─落語初心者は何を見たらいいでしょう?
私の会には来なくて良いです。品質保証をするのが怖いから(笑)。喜楽館の昼席がオススメです。基本は初心者向けですし、出演者が8人なので、ハズレの日でも1人は面白いし、アタリの日なら7人面白い。昼席に行くと、面白いのもあれば、面白くないのもあることに気づけます。これが大事なんです。人気の映画が面白くなかったからといって映画を観なくなる人はいませんが、初めての人が人気の落語会を見て面白くなかったらもう行かないでしょ。これは映画には出来不出来があるのを知ってるからです。だから逆に初見で、出来不出来があると即座にわかるので昼席がベストです。
あと面白いかどうかは結局相性ですから、3回は騙されたと思って行って欲しいです。3回ぐらい行けば好きな落語家と出会える可能性が高いです。好きな落語家さえできれば、あとはその人を追いかければ良いだけですし。
─新開地や喜楽館への集客も同じですか?
大阪の新世界や新開地という街は、米朝師匠の言葉を借りると「上がったり下がったりする街」。一人の人間が人生の中で、凄いアカン時と凄い栄えている時を見る街やないですか。「めちゃめちゃ寂れてたんやけど、こんなに栄えるとは思わなかった」と「あんなに栄えていたのに、こんな寂れるとは思わなかった」のどっちかを味わう街です、新開地は。だから、私の予想では、きっとまた盛り上がります。
喜楽館もそうです。時間がたてば、人が集まって来るから心配いりません。落語はリピート率の高い芸能なんです。大阪の繁昌亭に4回来た人は、ほぼ10回以上来るというデータがあります。だから喜楽館も徐々にお客は増えていくはずです。きっと10年以内に連日大入満員になると思います。右肩上がりになればみんながやってくる所ですから。その代わり、右肩下がりになればみんなが去って行く。今私が思うのは、成功した時にそれを覚えといて欲しいということです。
神戸新開地・喜楽館
TEL.078-576-1218
新開地駅下車徒歩約2分
(新開地商店街本通りアーケード)