1月号
司馬遼太郎記念館(建築家 安藤 忠雄)
作家の創造世界の奥行きを、
空間そのもので伝えたい
建築家 安藤 忠雄
生涯をかけて、近代日本の物語を書き続けた司馬さん。その凄まじい創作活動の根幹には常に日本と日本人に対する深い愛情があり、「時代を動かし、歴史を創るのは、個人の持つ力だ」というメッセージが込められていた。
この偉大な作家の業績を伝える記念館を、東大阪郊外に設計した。生前の司馬さんの自邸に庭続きで隣接する敷地で、訪問者は、司馬邸の門から雑木の庭を通り抜け、記念館にアプローチする。内部は、入口から奥に進むに従い、徐々に光が絞られていき、施設の中心となる展示室「もう一つの書斎」に辿り着く。3層吹き抜けの「書斎」を囲うのは、小説執筆の手がかりにされた膨大な量の書物をおさめる〝本の壁〟だ。そこにステンドグラスの窓からの光が入り込む。暗闇に灯る光は作家が作品に込めた未来への希望を、その多彩な表情が、司馬さんが愛したさまざまな個性をもった人間という存在を象徴する。
作家の創造世界の奥行きを、空間そのもので伝えたいと考えた建築だった。司馬邸の庭を拡張したような記念館の前庭も、普通は庭木には用いられない雑木を特に愛しんだという作家の温かい人間性を思い、つくったものである。
司馬さんは、常々「現代日本は市民社会として成熟する前に衰退期に入ってしまった」と憂いておられた。没後二十年余り、日本の未来は、司馬さんの書かれていた頃よりも、さらに不透明なものとなりつつある。相次ぐ自然災害被害に情報技術の急激に過ぎる進歩のもたらすグローバリゼーションへの対応、進む一方の少子高齢化、地球規模の環境破壊。問題は山積みだ。政治家にもそろそろ目を覚ましてもらわねばならないが、司馬さんならば、先にきっとこう言われたことだろう。
「誰よりも頑張るべきは、私たちごく普通の日本人、一人一人だ」
支えあう個の力こそが、時代を切り拓く。司馬さんが描いたような、それぞれが己がため、皆のためにと懸命に生きる、日本と日本人でありたいものだ。
■司馬遼太郎記念館
〒577-0803
大阪府東大阪市下小阪3丁目11番18号
開館時間:10時00分~17時00分
(入館受付は16時30まで)
■休館日:毎週月曜
(祝日の場合は開館し翌日休館)、
9/1~9/10、12/28~1/4
■TEL:06︲6726︲3860
■入館料:大人500円、高・中学生300円、小学生200円
(20名以上の団体は入館料が2割引)