2月号
ファンタジー・ディレクター 小山 進の考えたこと Vol.10
パッケージも伝える手段
僕はいまケーキ屋をしているけれど、中高生の頃に将来なりたいと思っていた職業はほかにいくつもあった。テレビのディレクター、ロックミュージシャン、陶芸家、歯科医、学校の先生、昆虫博士などなど。もちろんそれらの仕事や業界のことを詳しく知っていた訳じゃないけれど、なんとなく自分でイケるんじゃないかと思っていた。それは、これらの職業に自分の得意なことや興味があることが関係していたからだ。
たくさんの候補の中からたまたまのタイミングでケーキ屋を選んだけれど、なりたかった仕事を全部繋ぎ合わせたら面白いケーキ屋になるのではないだろうかと考えている。自分が最終的に決めた仕事には、ほかの仕事の要素が関係してくるものだ。だから、なりたかった仕事への想いを人生から切り離してしまってはいけないと思う。
憧れた仕事の中でも、グラフィックデザイナーは上位候補だった。子どもの頃はポスターのコンクールでいつも上位入賞。絵を描くのも好きだし、テーマに基づいて標語を考えてデザインするのがとにかく好きだったのだ。
グラフィックデザイナーにはならなかったけれど、パッケージを考えるのはグラフィックデザイナーの仕事と同じだと思う。僕は、お菓子はパッケージを含めて「作品」であると考えているし、それが日本のものづくりの大切なところだと思う。ケーキ屋ができることって、味の提案だけじゃない。デザインというのは伝えたいことを表現する一つの手段だから、僕が表現する味覚もそうだけれど、いまこれを出す理由がなければ表現する意味がない。だからデザイナー任せにするのではなく、自分の中でお菓子を創りながら「この子にはこういう衣装を着せないと駄目」というのは決まってくる。そしていつも目指しているのは、「デザインから味がする」ようなパッケージだ。伝えたいことがしっかり見えていれば、自然とパッケージの形も色も質感も、工夫や仕掛けなどのアイデアも浮かんでくるのだ。逆に言えば、思いやテーマがなければデザインなんてできやしない。
そして、パッケージも進化する。僕は小山ロールを創った時、肩肘張らずわが家で食べるロールケーキをイメージしてカジュアルなデザインのパッケージにした。ところが蓋を開けてみると、何本も購入して知人に配るお客様が多く、その時点でギフトという性格になり、しかも人気で小山ロールを求め行列ができるようになった。そうなるとギフト性が加味されたコンセプトにしないといけないし、パッケージを折る時間を何秒かでも短縮する作業性も必要になってきた。お客様との関係が生まれた瞬間に、パッケージに真の役割が生まれたのだが、この役割に気づくことが大切なのだ。自分が勝手に好きなことをやっていても認めてもらえない。だから最初のカジュアルなデザインは悪いと思っていなかったけれど、役割に合わせてパッケージを変えることにした。
そうなると「前の方が良かった」と言われたくはない。そこで僕はお客様にパッケージを変える理由をきっちり説明しようと、50のデザイン案と5つの工夫ポイントをプレゼンテーションするリーフレットを差し込んだ。お客様はパッケージも気に入ってくれて購入してくれる訳だし、小山ロールはみんなのものだから。おかげでお客様からご指摘をいただいたり、問い合わせをいただいたりすることはなかった。
本当に美味しいものは、国境や民族を越え好まれる。いまの小山ロールは白と黄色系と茶色系の3つの色のデザインになっているが、これは人の肌の色を表現している。世界のみんなに愛されるお菓子を創ろうという想いを込めて…。
パティシエ ショコラティエ
小山 進
1964年京都生まれ。2003年兵庫県三田市に「パティシエ エス コヤマ」をオープン。「上質感のある普通味」を核にプロフェッショナルな味を展開し続けている。フランスの「C.C.C.」のコンクールでは、2011年の初出品以来、8年連続で最高位を獲得。2017年11月、開業14周年を迎えた日に、デコレーションケーキ専門店「夢先案内会社ファンタジー・ディレクター」をオープンした