9月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第七十六回
医療・年金を中心とした
社会保障の国際比較と課題について
─先進諸国と比較して、日本の医療制度はどのような特徴がありますか。
増井 わが国の医療制度は国民皆保険で、診てもらおうと思えばすぐに専門医の診察が受けられる患者にとって非常にありがたいシステムです。医療の財源ですが、その比率は医療保険料が5割、窓口で支払われる自己負担金が1割、そして税金と国の借金である国債を合わせた公費が4割です。しかもこの公費の割合は高齢化の影響で年々上がっています。他の先進国では、ヨーロッパは財政・供給とも公共主体で、アメリカでは民間主体ですが、日本は財政は公、供給は民という独自の形態です(図1)。他国より自己負担金の割合が高いですが、供給は民間主体かつ自由開業制、患者はフリーアクセスという現状ですとやむを得ないかもしれません。しかし、これ以上の自己負担率引き上げは公的医療保険の存在意義や信頼を失いかねないので適切ではないでしょうね。
─年金制度はどのような特徴がありますか。
増井 先進諸外国は基礎年金が公で、所得比例分が民間という考え方になってきている中、わが国は国民年金と厚生年金の2階建ての年金制度を公的に維持しています。少子高齢化が進む中で政府は年金改革を断行し、保険料率の引き上げのほか、年金給付額を毎年少しずつ実質切り下げるマクロ経済スライドという手法を採り入れました。
─高齢化以外では何が社会保障制度に影響を与えていますか。
増井 経済のグローバル化も大きな要因です。戦後間もない頃の産業化時代、父親が稼ぎ母親が専業主婦という位置づけでした。ところがグローバル化により世界的に同一労働同一賃金の考えのもと、先進国では安定的な雇用が減少し非正規労働者が増加し、経済的理由による未婚率の増加や出生率の低下に繋がっています。また、既婚女性においても否が応でも社会進出が進み、それまで無償で引き受けていた育児や介護の分野が子育て支援や介護保険の形で制度化されるようになりました。
─少子高齢化と経済のグローバル化という現状にどう対応していくのでしょうか。
増井 近年、日本でもヨーロッパ諸国でも医療介護においては徹底した効率化や合理化、年金については支給開始年齢の引き上げと給付の減額などが各国で共通した政策になっています。
─日本は高齢化率が高く、高齢化のスピードも速いですよね。
増井 はい。ですから財政基盤への影響が深刻です。2025年には団塊の世代がすべて75歳以上の後期高齢者になります。医療や介護にかかる費用は75歳以上の世代が重点的に消費するものです。2025年には医療費が2011年と比べて19兆円も増え1・75倍となり、介護費と合わせると27兆円の増加が見込まれています(図2)。このように社会保障費が急増する「2025年問題」にどう対応するかは、喫緊の政治的・社会的課題です。地域医療構想に基づく病床転換や在宅医療への移行推進など効率化を進めていますが、それだけで解決する問題ではなく、やはり財源の確保が最大の課題です。
─どのようにしてこの財源を確保するべきなのでしょうか。
増井 税か社会保険料かいつも議論されるところです。保険料の引き上げで対応すれば、どうしても現役世代ばかりに負担がかかります。健康保険料を例に取りますと、集めた保険料のうち組合員に使われるのは6割弱で、4割以上は高齢者の医療支援金に使用されており、高齢者への所得移転の性格が強い歪んだ制度になってきています。これは本来なら税で賄うのが筋だと思います。国民が広く受益する社会保障費は、すべての世代が公平に負担するのが理想ではないでしょうか。その点では消費税による財源が最適かもしれません。ただし、消費税増税によって景気の落ち込みが生じ、翌年以降の所得税・法人税の減収に繋がるリスクがあり、2015年に予定されていた10%増税は延期されたままです。今後の消費税増税の時期は、デフレからの脱却と順調なGDPの伸びが確認できてからが望ましいのですが、2025年問題を考えると時間があまりないというのが実情です。また、消費税は財源調達の面で逆進性があるため、低所得層に厳しいという意見があります。しかし、消費税を福祉目的税に特化すれば税率を上げれば上げるほど所得分配機能が働くと言われています。すなわち低所得者は税負担よりも給付額が多くなり、所得が増えるに従い給付額より税負担が大きくなることから、社会保障充実を目的にした消費税は累進税と言えるでしょう。
─所得や資産の格差も問題ですよね。
増井 昨今は格差社会といわれていますが、実は経済的格差が大きい世代は高齢者世代なんですよ。従来の現役世代から高齢者世代への一方的な負担は限界に来ています。裕福な高齢者が経済的に厳しい高齢者を支える仕組みを積極的に採り入れる政策、例えば相続税や贈与税などの資産課税の強化などもおこない、消費税増税などとの合わせ技で対応していくべきかもしれません。また、貧困対策も重要です。日本はヨーロッパと比べ、子どもの貧困対策が遅れています。子どもの貧困は親の低所得化の結果であり、貧困の再生産をもたらす意味では高齢者の貧困より深刻な問題とも言えます。今日議論されている子育てのための社会保険の検討など、速やかに手を打つ必要があるのではないでしょうか。