9月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第四十四回
終末期の医療~終末期の医療費は国民皆保険の負担になっているのか
─終末期の医療ついて、その実態を教えてください。
森本 公的な定義が無いため、ここでは終末期を「老衰、病気、障害の進行により死に至ることを回避するいかなる方法もなく予測される余命が6か月以内の時期」と定義します。ふつう、終末期の中でも死亡前1~2か月になると自然に食事量が減少、嚥下することが難しくなります。また、立ち上がることが困難になり入浴やトイレに行くことができなくなります。そして自分で動けなくなったら高血圧症や糖尿病などの病気があった人も投薬治療が必要なくなります。この時期でも急性疾患に罹患して治癒が見込める場合や治療する事で楽に過ごせる病状に対しては治療することはありますが、そうでない場合は症状緩和にとどめます。この時期に必要なのは、食事や排泄の介助、入浴介助といった「ケア」です。病院は治療する場所であるにも関わらず、このような医療よりケアが必要な人が入院して死を迎えるケースが多く、日本人の8割が病院死です。一方、終末期といっても病気によって過程が違えば医療も違ってきます。今回は非がんとがんに分けて終末期の医療と医療費について考えてみましょう。
─がん以外での終末期では、どのような医療がおこなわれていますか。
森本 このようなケースは後期高齢者の終末期に相当しますが、心不全、呼吸不全、腎不全などが回復困難な状態になった時期ですと増悪と緩解を繰り返し、積極的医療が継続されている限り無用に延命されることがあります。そして患者も医療者も無用に延命していることを意識していないことが珍しくありません。高齢者における死亡前1年間の医療費は入院する率と密接に関係しており、入院期間が長いほど高額になります。心筋梗塞のように入院時の医療費が高額でも入院期間が短ければ全体の費用は低額になるという報告もあるように、低い医療資源を長期間投与することが、高齢者の終末期の医療費を押し上げる原因になっています。適正な医療費のためには、無用な延命(胃瘻や人工透析)をいつ中止するべきかや、看取りが近くなったときに介護力が不足しているために、入院している現状を見直す必要があります。
─がんの場合はいかがですか。
森本 がんの終末期とは、手術、化学療法、放射線療法による治癒が見込めなくなった時期です。しかし、がんの場合は化学療法などで体力が低下しなければ、死亡前1か月ごろまで普通の日常生活を送ることができます。普通に生活できる体力があるがゆえに、治療効果がない上に高額な化学療法を死亡直前まで続けたり、高額な自費の代替療法を延々と続けたりしている人を多くみます。そのような高額な治療をしなければ、終末期の医療費は健常な人と大差ありません。しかし、複雑ながん性疼痛で鎮痛薬を大量に使用する場合など、症状によって医療費が高額になるケースはあります。
─実際にどれくらいの医療費がかかっているのでしょうか。また、終末期の医療費は皆保険制度の維持に影響を及ぼしているのでしょうか。
森本 後期高齢者の死亡前1か月の入院医療費は表1のとおりで、高齢者医療費の約3.4%です。一方がんの場合、死亡前1か月の入院医療費が総医療費に占める割合を試算すると、表2の通り全医療費のわずか約1%です。以上の数字からも、終末期の医療費が総医療費の中に占める割合が低いことから、終末期の医療費が国民皆保険制度に与える影響は少ないと考えられます。低い医療資源を長期に投与せず、効果のない高額な先進医療を継続しなければ、終末期の医療費は高額にはなりません。ですから、国民皆保険制度を維持していくためにも、終末期の医療費の使い方について考え直す時期に来ているのではないでしょうか。
森本 有里 先生
兵庫県医師会医政研究委員
森本医院 院長