2015年
10月号
有馬の温泉を教えたとされる三羽のカラス

有馬温泉特集 〈日本最古の湯・有馬〉壱

カテゴリ:文化・芸術・音楽, 観光

有馬の伝説と歴史

神々が発見した「山の中の湯治の温泉」

 有馬温泉の中心部にある湯泉神社には、大己貴命・少彦名命が主祭神として祀られています。
 この二神が、有馬温泉を発見した神様と言われています。湯泉神社の縁起によると、「神代の昔、ご二神が人々を病気から守るため、国々を旅し、薬草を探しに歩かれた時、傷ついた三羽のカラスが水たまりで水を浴び、傷を治療しているのをごらんになり、有馬の温泉を発見した」と伝えられています。全国各地の温泉の中には、鹿や熊、鳥などが発見した伝説のある温泉は多数ありますが、有馬の場合はカラスでした。有馬温泉の街なかにある「ねがいの庭」には、伝説にちなみ三羽のカラスの像が設置されています。
 縁起によれば有馬の湯発見は約3千年ほど前のことであり、それが有馬温泉が日本最古の温泉であるといわれる所以になっているのです。

行基が復興した有馬は『枕草子』など数々の文献に登場

 正史によると、舒明天皇、孝徳天皇が有馬に行幸したとされ、そこで一躍有馬の湯が有名になりました。『日本書紀』によると、631年に舒明天皇が約3か月間滞在したと記載されています。続いて有馬を訪れた孝徳天皇が、滞在中に誕生したのが「有間の皇子」だとも伝えられています。
 地震と温泉の関わりは深いといわれますが、有馬はたびたび山崩れで水脈が埋まり、お湯が途絶えてしまったことがありました。有馬の伝説では、山崩れで埋まった泉源を、「行基」が薬師如来のお告げによって復興させたといわれます。行基は、奈良時代の僧で、民衆に仏法の教えを説き、庶民のために池や橋、宿泊施設などをつくって人々から信望を集め、東大寺の大仏建立にも関わった大僧正です。
 有馬に伝わる伝説によると、行基が道を歩いていると一人の病人に会いました。病人は「有馬の山間に病気に効く温泉があるそうです。私を連れて行ってください」といいます。行基は病人の望みをいろいろとかなえてやり、すると不思議なことに病人は、身体から光を発して薬師如来の姿になり、「有馬に行って病気の人を助けてあげなさい」と言われ、消えていきました。
 行基は感動して、薬師如来像を刻み、堂を建て尊像を納めたといわれています。行基がここに堂を建立して以来、長い間、有馬は相当な賑わいを見せたと伝えられています。
 平安時代に入ると、各種の文献にも散見されるようになり、多くの文人や天皇も有馬を訪れたとされており、藤原道長、白河法皇、後白河法皇なども訪れたとか。有馬は天下三大名湯のひとつに数えられるようになって、清少納言は『枕草子』の中で「出湯は、ななくりの湯、有馬の湯、那須の湯、つかさの湯、ともに湯」と書いています。

仁西上人が有馬を再興 有馬を愛した秀吉

 温泉寺の縁起によると、1097年、有馬を大洪水が襲いました。荒廃した有馬を救ったのは、仁西(にんさい)という僧です。仁西は吉野(奈良県)の寺の住僧でしたが、熊野権現様のお告げで、有馬を復興するためにやって来ました。温泉を復興させた仁西は、薬師堂を改修し、安置した十二神将にちなんで、有馬温泉に12の宿坊をつくりました。「御所坊」「中の坊」「角の坊」など旅館に「坊」がつくのは、その名残なのです。
 毎年1月2日、有馬温泉では「入初式」が行われ、湯泉大神とともに、有馬を再興した行基、仁西両上人に感謝し、初湯を神前に奉り、有馬温泉の繁栄と安全を祈願します。これは、江戸時代から続いている古式豊かな祭典なのです。
 平安時代にはみやこの貴族が数多く訪れていた有馬ですが、源平合戦以降、中世になると武将が訪れるようになります。当時は、温泉といえば長逗留をして湯治する場所で、有馬はたくさんの人々が逗留し、大きな町であったと伝えられます。
 しかしその後、有馬は2度の大火に見舞われます。それを救ったのが、太閤・豊臣秀吉でした。秀吉は生涯で、有馬におよそ10回訪れたといわれ、大規模な改修工事を行って有馬の町を復興させました。北の政所(ねね)、石田三成、千利休など、大勢の家来を連れてきたともいわれています。
 江戸時代に入り、庶民も温泉に入るようになり、有馬はさらに発展していきます。『温泉番付』では、東の大関・草津温泉と並んで、西の大関に選定されたのも江戸の頃でした。
 それ以降も、谷崎潤一郎や福沢諭吉など、数々の著名人も有馬を訪れた記録があり、有馬温泉は今日まで、庶民から天皇までも魅了する歴史ある温泉であったことがうかがえます。

〈参考文献〉
有馬温泉観光協会編「有馬温泉よい湯(と)こガイド」
「有馬温泉イヤーブック」

日本三名泉
有馬温泉は古くから、良質な温泉として知られていた。平安時代の女流作家・清少納言は『枕草子』の中で、「ななくりの湯(現在の場所に諸説あり)」、「玉造の湯(島根)」とともに有馬の湯を評価。江戸時代の儒学者・林羅山は、「草津温泉(群馬)」「下呂温泉(岐阜)」とともに日本三名泉の一つに選んでいる。有馬温泉は、環境省が療養泉として指定している9種の主成分のうち7種が混合した世界的にもまれな温泉で、古来より人々はその素晴らしさを感じ取っていたのだろう。

日本三古泉
「道後温泉(愛媛)」・「白浜温泉(和歌山)」と並んで「日本三古泉」ともいわれる有馬温泉。神話によると、およそ3000年前、大己貴命と少彦名命が、カラスたちが水浴びをして傷を癒すのを見てその効能に気づいたのが、有馬温泉の、そして日本最古の温泉の発見とされる。一方正史では、摂津国風土記に初めての有馬温泉の発見は蘇我馬子の時代とある。日本書紀においては舒明天皇が舒明3年(631)に、孝徳天皇が大化3年(647)に行幸し滞在した。有馬温泉は、神話時代に遡る古い歴史がある。

有馬の温泉を教えたとされる三羽のカラス


「入初式」は温泉の恵みに対する感謝と、有馬の開山および中興に尽力した行基と仁西上人への崇拝を表す。江戸時代から現在まで、正月2日に行われている。『摂津名所図絵』より


有馬温泉・念仏寺前の「ねがいの庭」に建つ行基像


湯泉神社に向かって南側を「一の湯」、北側を「二の湯」とした。『有馬私雨』より


温泉寺の縁起に、仁西が有馬を復興した様子が記されている

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