2024年
7月号

神戸偉人伝外伝 ~知られざる偉業~(51)前編 島尾敏雄

カテゴリ:, 神戸

妻との運命の出会い…神戸で築いた家族と文学の礎

神戸で目覚めた文学への思い

小説「死の棘」などで知られる作家、島尾敏雄(1917~1986年)は神奈川県生まれだが、神戸との縁がとても深いことをご存じだろうか。
小学校から高校まで。多感な少年時代を神戸で過ごし、後に小説家となる大平ミホと結婚し、新居を構えたのも神戸。二人の子供も神戸で育った。
島尾の作家としての根幹が、文学に目覚めた思春期を過ごした神戸で培われたことは間違いないだろう。
ただ、その後、第二次世界大戦下、彼に宿命づけられた〝特攻隊員〟としての壮絶な体験が、彼の作品群の中で一際、重要な要素となり、戦後の日本文学史に果たした功績は大きかった。
1917年、横浜市で生まれた島尾は身体が弱く、父母の実家があった福島県と横浜を行ったり来たりする生活を送っていた。
1925年、現在の神戸市灘区に家族で引っ越し、西灘尋常小学校に転校。小学校では神童と呼ばれ、教師の代りに授業をすることもあったという。その後、神戸尋常小学校へ転校するが、ここで当時、国語教師をしていたのが後の作家、若杉慧で、彼から綴り方など文章の基礎を教わったという。
作家となる前。若杉は広島高等師範学校を卒業した後、教職に就き、神戸の小学校で教えていたのだ。その後、作家として1946年に発表した小説「エデンの海」は3度も映画化されている。一作目は鶴田浩二、二作目は高橋英樹、三作目は山口百恵…と、その時代のスター俳優が出演し、原作となった小説は数十年にわたり、ロングセラーとして読み継がれてきた。
この「神戸偉人伝外伝」でも以前、紹介した神戸ゆかりの直木賞作家、陳舜臣も、実は若杉の教え子の一人だった。若杉は「陳舜臣と比べ、小学生時代の島尾は目立たない子供だった」と振り返っているが…。
若杉の薫陶を受けた島尾は1930年、兵庫県立神戸第一商業学校に入学。山岳部に入って、弱かった身体を鍛えるとともに、積極的に創作活動に取り組み、複数の同人誌に作文や詩などを発表。14歳のときには同人誌「少年研究」の編集発行を手掛けている。
旧制神戸商業大学を不合格になった島尾だが、奮起し、九州帝国大学(現九大)へ進学。東洋史を学び、中国文学などに影響を受けながら小説を書き続けていたが、大学を繰り上げ卒業すると、海軍予備学生を志願する。
このとき、すでに島尾は死を覚悟し、軍人の道を選ぶのだが、それは自身の想像を超える壮絶な体験の始まりでもあった。

特攻を志願

大学卒業後、海軍を志願した段階で、すでに島尾は「特攻兵」となる決意を固めていた。
当初、飛行科を志望していたが、第三希望の魚雷艇学生となった島尾は、長崎にあった臨時訓練所で水雷学校特修学生としての訓練を受ける。
海軍少尉となった島尾は正式に特攻を志願。第18震洋特攻隊指揮官を命じられ、鹿児島県の奄美群島加計呂麻島の基地へ着任する。
島尾が志願した特攻は、広く知られる海軍戦闘機「零戦」や陸軍戦闘機「隼」など航空機に爆弾を搭載し操縦士もろとも敵艦隊へ体当たりする特攻とは異なった。
島尾ら特攻隊員が乗ったのは「震洋」と名付けられた、ベニア板製の一人乗り(島尾は艇隊長として指揮を執るため搭乗員と二人で乗った)の全長5~6メートルしかない、特攻兵器として製造された小さなモーターボートだった。
この「震洋」に爆薬を搭載し、乗員がハンドルを操舵し敵艦に体当たりし、撃沈するのが任務である。
戦後の対談の中で島尾は第二次世界大戦中に米軍が作った日本軍の兵器の説明書を見て驚いたという
この説明書には「震洋」の写真が掲載され、その解説として「スイサイド(スーサイド)・ボート」と記されていたというのだ。
つまりその意味は自殺艇…。日本軍は最後の決戦用にと「震洋」を秘密兵器として温存していたが、米軍によってその情報は「すでにキャッチされていた」と島尾は明かしている。
温和な性格の島尾は軍人となった後も島の中で異質な存在だったという。
島尾が指揮官として着任するまで、本土から島へやって来る軍人たちの多くが威圧的で、島の人々からは恐れられるのが普通で島尾のように慕われることなどなかったという。
日本の南の小さな島は緑も豊かだった。都会の喧噪で暮らす人々とは違い、島民は皆、穏やかに暮らしていた。そんなのどかな楽園のような島が、大戦末期、特攻兵器「震洋」が出撃する最前線の基地となっていた。
現在、基地となった島のあちこちの洞穴に、出撃前の震洋を隠し、カムフラージュしている写真を見ることができる。この平穏な島から多くの命が散っていった。
死に直面した軍人たちの精神が荒み、そのいらだちを島民たちに向けていたであろうことは想像に難くない。
だが、島尾は違った。
言葉遣いも丁寧で、島民には礼節を尽くして接していたため、彼を先生と呼んで親しむ島民たちが増えていったという。
その中に、島の小学校で教職に就いていた後に妻となるミホがいた。

=続く。
(戸津井康之)

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