02.22
WEB版 スペシャル・インタビュー｜俳優 福士誠治さん
【舞台で芝居の新境地に挑む…寛容にして常識の壁を超える覚悟】
ＮＨＫ連続テレビ小説や大河ドラマに話題の映画…。俳優デビューから約２３年、売れっ子俳優としてオファーは絶えないが、一方で力を入れてきたのが舞台だ。「この公演を演じ切れたら、俳優として新たな世界が見えるはず…」。４０代を迎えた実力派、福士誠治がこう覚悟を固め、挑む舞台『インヘリタンス-継承-』。３月２日、大阪・森ノ宮ピロティホールでの上演を前に、その意気込みを聞いた。
■６時間半に及ぶ舞台
実は、数年前に演出家の熊林（弘高）さんが、『上演時間が６時間半～７時間超えの長い舞台を構想しているらしい』という話を小耳にはさんだのですが、そのとき、そんな舞台で演じる俳優は大変だろうな。自分が演じることになったら、絶対に嫌だなあ…と思っていたら、出演依頼をいただきました（笑）。まさか自分に白羽の矢が立とうとは、想像していなくて。
――その舞台で主演のエリックに抜擢されました。長さもさることながら、セリフの量も膨大ですね。このオファーに対し、迷いはなかったですか。
即答で引き受けました。断る理由がありませんでしたから。この役を演じることが大変なのは目に見えている。でもチャレンジしたかった。熊林さんとは、これまで２回ご一緒させていただいて、信頼していましたし…。いつ、やってくれと頼まれても、それを受ける心の準備はできていました。僕を主演に指名してくれたことを、とても光栄に思いました。
――本日（２月１３日）はこの取材のために、東京公演の合間を縫い、休演日に大阪へ駆け付けて来てくれました（前日、翌日も東京で公演）。実際に６時間半という長丁場の舞台を演じてみての素直な感想は。
前篇が約３時間ちょっと。後篇が約３時間半あります。これまでの舞台ではインターミッション（途中休憩）のときには、共演者の方たちと会話をするものですが、この舞台では休憩時間中、誰も話をしないんですよ（笑）。前篇が終わっても、まだまだ舞台はこれからだ…という緊張感が続くから。それだけ、疲れ方も、いつもの舞台に増して激しいですね。おかげで一日の舞台が終わって帰宅したら、すぐに熟睡できます。
――東京公演の初日（２月１１日）は原作者、マシュー・ロペス氏も来日し、舞台を観劇していますが、どんなお話をされましたか。
ロペスさんは笑顔で、「私は日本語はよく分かりませんが〝インヘリタンス語〟なら分かります。舞台を観ていて、しっかりとインヘリタンスの世界観を表現してくれていることが、観客席からもよく分かりました」と話してくれました。準備を重ねて本番の舞台に臨んだとはいうものの、いざ舞台を観て、原作者が認めてくれた言葉にほっとしました。役者冥利に尽きる言葉で素直にうれしかったです。
――時代は、２０１５～２０１８年のニューヨーク。２０代、３０代、６０代の同性愛者たちが登場するＨＩＶをテーマに扱った社会派の硬派な作品ですが、役作りの準備は大変でしたか。
稽古に入る前に俳優やスタッフたち全員が集まり、医師や看護師など医療従事者の方たちからＨＩＶやエイズについてのレクチャーを受けました。昔は不治の病といわれていた難病ですが、現在では、１～２カ月に一回の注射だけで発病を抑えることもできる病気になっているということを教わり、昔の知識で、エイズは恐ろしい病気だ、という嫌悪感や偏見を持ったままではいけないことを痛感させられました。舞台では、そんな正しい知識なども伝えることができたら、と改めて、この作品で演じる責任も強く感じています。ただ、そんな重かったり、シリアスさだけではなく、ユーモアや笑いもふんだんに芝居の中に込められていますので、長時間の舞台を存分に楽しんでほしいと思っています。
――同性愛という今日的で難しいテーマに真正面から挑んでいますね。
世界には様々な価値観を持つ人が生きています。自分の持つ価値観だけが正解で、他人の価値観を許さないという不寛容さは、とても恐ろしいことではないかと、役作りをしていく中で学ぶことができました。僕が演じるエリックはとても優しくて寛容な人間。いつも周囲を気遣い、自分の感情をおさえながら生きている。みんなが寛容に生きていければ、多くの人の人生が幸せに暮らせるのではないか。そんなメッセージもこめられた作品です。観劇を迷っている方がいたら、どうか観に来てほしい。これからの長い人生のうち、〝わずか６時間半の時間〟を僕たちにくれませんか？観た後の人生が豊かになるかもしれませんので…。
――舞台俳優として、昨年は大作の舞台『ジャンヌ・ダルク』にイングランド軍の指揮官、タルボット役で出演し、こちらも話題となりました。
実は『ジャンヌ・ダルク』の大阪公演（昨年１２月）のとき、すでに、この『インヘリタンス』の稽古中でした。台本を大阪へ持ってきて『ジャンヌ・ダルク』のその日の公演が終わると、夜はホテルで、『インヘリタンス』の台本を読んで、セリフを覚えていきました。長セリフも多くて、今、始めないと間に合わないと思って。
――では、『ジャンヌ・ダルク』の大阪公演時は、タルボットとエリック、二人のセリフが頭の中に刻み込まれていたのですね。
本当は、舞台やドラマ、映画出演の期間は、二つ以上、重ならないことが理想なのですが、そのタイミングは難しくて、うまくいかないときもありますからね。
――俳優として多忙なスケジュールを送る中、演出家としても活躍されています。
１８歳で俳優としてデビューしましたが、３０歳を過ぎたころから、舞台演出にも興味を持って取り組んできました。企画を立て、美術、音楽の交渉なども自分で行います。年に１作は手掛けようと続けてきたので、もう７～８作になります。今年の５月には松本市で演出家としての公演を行う予定です。
――『インヘリタンス～』の共演者、麻実れいさんが、「福士さんは周囲の人を気遣うエリックそのものだと思う」と話していたのが強く印象に残りました。本当にそのままですね。
俳優として出演するときにも、演出家としての視点から、共演者の方たちを見ているところがあるのかもしれませんね。共演者の芝居を見ていて、今日は調子がいいな、感情が乗っているな、とか。あるいはその逆に感じることもあります。舞台は長丁場。みんなが最高のコンディションで演技できる瞬間を少しでも増やしていければ、いい舞台をお見せできるはず…。舞台は総合芸術。いい舞台を作るためには、俳優の力だけでは無理で、演出家、美術、照明、音楽などすべて力を結集しなければなりません。俳優というよりも、こうして、みんなで一つの作品を作りあげていく創作の仕事が好きなんです。
（聞き手 戸津井康之）
プロフィール
福士誠治（ふくしせいじ）
1983年6月3日生まれ。神奈川県出身。2002年に『ロングラブレター 漂流教室』(CX)に
てドラマデビュー。06年にNHK朝のテレビ小説『純情きらり」でヒロインの相手役を演じ注目を集め、以降話題作に次々と出演。芝居だけでなく歌声にも定評がある。16年12月に上演した舞台『幽霊でもよかけん、会いたかとよ』で演出家デビューを果たす。近年の主な出演作品は【映画】『ある用務員』(21)、『仮面ライダーゼロワン』(20)、【ドラマ】『警視庁アウトサイダー』(23・EX)、『みなと商事コインランドリー1.2』(22・23・TX)、『青天を衝け』(21・NHK)、【舞台】ミュージカル『ルードヴィヒ～Beethoven The Piano～』『セールスマンの死』ミュージカル『INTO THE WOODS』(22)、『Oslo(オスロ)』(21)、ミュージカル『スリル・ミー』(21・18)、『ジャンヌ・ダルク』(23)年など。2024年、映画『ぴっぱらん』公開予定。舞台「女40歳肉屋のムスメ」（演出）が2024年5月16日〜19日まつもと市民芸術館小ホールにて上演予定。
公演情報
『インヘリタンス-継承-』
◾️2024年3月2日(土) 前篇12:00／後篇17:00
◾️作：マシュー・ロペス
E・M・フォスターの小説『ハワーズ・エンド』に着想を得る。
◾️演出：熊林弘高
◾️出演：福士誠治
田中俊介 新原泰佑 柾木玲弥
篠井英介 山路和弘 麻実れい（後篇のみ）
◾️森ノ宮ピロティホール
※R-15指定の舞台です。
https://www.inheritance-stage.jp/
