7月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第144回
電子処方箋について
─今年の1月26日から電子処方箋がスタートしましたが、そもそも、処方箋とは何ですか。
西口 処方箋とは、患者さんの病気の治療に必要な薬の種類や量、飲み方などが書かれた紙の書類です。以前は院内で処方している病院や診療所が多かったので患者さんが処方箋を持って薬局に行かなくても薬を受け取ることができました。1990年代後半から医薬分業が進み、患者さんは診察を受けて医療機関で発行される処方箋を持って薬局に行き、薬を受け取るという方式に変わってきました。患者さんは薬局で薬をもらい、薬剤師さんに薬の飲み方や注意すべき副作用について説明してもらう服薬指導を受けます。
─それが電子化される訳ですね。
西口 電子処方箋は、先月お話しした政府が進める医療DXの一つです。オンライン資格確認システムのネットワークを使って、今まで紙でやりとりしていたデータを電子化して、クラウド上にある「電子処方箋管理サービス」を介し、医療機関と薬局の間で、処方内容や調剤情報や今まで紙の処方箋には記載されなかった医師・薬剤師間の連絡事項などの情報連携が可能になります(図1)。
─どのようにすれば利用できるのですか。
西口 まず、保険証を登録したマイナンバーカードをご用意ください。それをカードリーダにセットすると、過去の情報の利用への同意や、処方箋の種類の画面が出てきますので、選択してタッチすればOKです(図2)。過去の情報の利用に同意すると、それまでの患者さんのお薬情報を医師・歯科医師・薬剤師が参照することができ、複数の病院・診療所と薬局をまたぐ過去のお薬情報にもとづいた医療を受けられるようになります。
─治療に必要な薬がちゃんと手に入りさえすれば、処方箋が紙でも電子でもあまり変わらないと思いますが…。
西口 いえいえ、紙の処方箋を電子化するメリットは少なくないですよ。これまではお薬手帳を確認したり患者さんに質問したりして薬が重複しないように注意していましたが、お薬手帳にすべての処方内容が記載されてない場合や、患者さんが覚えていない場合もあり、一定の確率で見落とすことがありました。電子処方箋を利用することで重複投薬(同じ効き目の薬が重複して処方されること)や併用禁忌(飲み合わせが悪い薬が処方されること)を自動的にチェックできるので、より安心して薬が飲めて健康増進にもつながるでしょう。また、マイナポータルというオンラインサービスをスマートフォンやパソコンで利用すれば、処方されたお薬の内容をいつでも確認できます。
─オンライン医療を受ける際にも便利かもしれませんね。
西口 医師会としては、利便性のみを追求した粗悪なオンライン診療の推進には反対していますが、オンライン診療を受けた際、オンライン処方箋なら紙の処方箋を郵送やFAXしなくても薬を受け取ることができます。自宅でオンライン診療を受け、電子処方箋を使い、オンライン調剤薬局で処方とオンライン服薬指導を受けた後、宅配便ですぐに自宅にお薬が届くようになり、医療が自宅で完結して便利になるでしょうね。
─医療現場にはどのようなメリットがありますか。
西口 薬局では紙の処方箋の内容をコンピュータに入力する手間が省略できるため、より丁寧に患者さんに対応することができ、医師と薬剤師のコミュニケーションもより円滑になりますし、働き方の改善にも結びつくでしょう。また、重複投薬を防止することで、医療の質の向上はもちろん、薬の出し過ぎが抑えられて医療費削減にも役立つと思われます。
─どれくらいの医療機関がオンライン処方箋に対応しているのでしょうか。
西口 4月23日時点での厚労省のデータによると、対応できる調剤薬局は全国に3082軒で、およそ20軒に1軒です。一方、電子処方箋を発行する側は、病院は9、医科診療所は250、歯科診療所は11と、ほとんど導入されていません。
─なぜ導入が進んでいないのでしょう。
西口 この4月から医療機関にはマイナンバーカードで健康保険証の情報を確認するオンライン資格確認が義務づけられ、ほぼすべての医療機関や薬局にオンライン資格確認システムが導入されていますが、それに対しこの電子処方箋システムの導入は義務ではないことが一つの要因かもしれません。また、システム事業者がオンライン資格確認システムの導入義務化対応に人手を取られ、電子処方箋システムの導入に対応できていないという実情もあります。病院や診療所では、システムの導入にはコストがかかりますので、投資に見合う収益が見込めないため、従来の紙処方箋から電子処方箋への移行に踏み切れていないのだろうと思います。厚労省は2024年の3月末までに9割程度、2025年の3月末までにおおむねすべての医療機関及び薬局への導入を目標にしていますが、課題がありそうです。
─今後、どうなっていくのでしょう。
西口 読者のみなさまは紙の本を読んでおられますか?私は最近、ほとんど電子書籍です。紙の良さがあることは重々理解していますが、オンラインで決済した直後から読み始めることができ、タブレット端末があれば数百ページもある書物を何冊も楽に持ち運べて、気になるフレーズが書かれてあったページを一瞬で検索することができるなど利便性に優れています。一方で電子化により、活字離れが進み、Amazonなどオンラインストアが台頭し、街の書店はどんどん減っています。昨年、Amazon薬局が日本に本格参入というニュースの見出しがありましたが、薬も書籍と同様、電子処方箋により調剤は街の薬局からオンライン薬局へ、服薬指導も対面から情報通信機器を介したオンラインへとパラダイムシフトを加速させることも考えられます。そして、かかりつけ診療所や調剤薬局の選択基準も変わってしまい、親身になって相談に乗ってくれる医療従事者より、コスパ(コスト・パフォーマンス)やタイパ(タイム・パフォーマンス)に優れた診療所や薬局が選ばれるようになるかもしれませんね。