11月号
連載エッセイ/喫茶店の書斎から66 誤植防止法
今村 欣史
書 ・ 六車明峰
読者から電話があった。「誤植が」と。
前号でもちょっと触れた近著『縁起・小墓圓満地蔵尊』のことである。
わたしは「ドキッ」である。電話の主は元高校の国語教師。言わば専門家だ。
わずか50ページほどのものだが、編集者と何度も何度も校正したのだった。もう間違いはないだろうと判断しての出版は初稿から半年が経っていた。
電話での指摘は、「三界萬霊等」の「等」は「塔」では?というものだった。そう思われるのも無理はない。しかしこれは誤植ではない。当の石塔にそう彫ってあるのだから。しかし、ご指摘はありがたいこと。しっかりと読んでくださっている証しだ。
わたしが所持する本に『誤植読本』(高橋輝次・ちくま文庫)というのがある。著者の高橋氏は、元創元社の編集者で、現在はフリーライター。『ぼくの古本探検記』など多数の著書があり、知人だ。
氏と知り合ったのは、本誌『KOBECCO』の縁による。もう十数年になるだろうか。神戸のホテルのロビーで『KOBECCO』を手にし、わたしのページを読んで興味をもち、編集部を通じ連絡を下さったのだった。その後、「喫茶・輪」へも来店してくださるなど交誼させてもらっている。コロナ禍以前には、神戸などの古本屋でもよく顔を合わせたものだが、最近はご無沙汰だ。
このほどその『誤植読本』を、「喫茶・輪」の書棚から出してきてパラパラと読んでいたのだが、冒頭の項に思いがけないことが書かれていて、わたしは愕然とした。その内容はここでは書かない。
前にも読んだはずだが忘れてしまっていた。我ながら情けない。
小宮豊隆の次の文章に注目。『漱石全集』の校正について書かれている。
《森田草平と内田百閒と私とがその校正をひき受けた。私は一つも誤植のない全集を世の中に送る覚悟で、校正に従事しようとした。》
ところが何度やっても見落としが出てきて、ついに、見落とし発見に賞まで懸けたという。そして、こんなことが書かれている。
《助手の一人に本文を特別な、意味の通じない読み方で読んでもらいながら見て行き誤植を発見しようとする、新しい方法を案出した。例えば「僕が二十三四にかきかけた小説が十五六枚残って居た。よんで見ると馬鹿気てまずいものだ。あまり耻かしいから先達て妻に命じて反故にして仕舞った」という本文の終りの方を「よんでケンるとウマ・シカ・キてまヅいものだ。あまりチかしいからマヅ・タツてツマにイノチじてハンコにしてシブった」というように読んでもらうのである。》
これを読んで思い出したことがある。昔、宮崎修二朗翁が教えてくださった校正の方法。
「意味が解ってはダメなんです。後ろから読み合わせするんです」
例えばこうだ。
「意味が解ってはダメなんです」は、
「すでんなメダはてっかわがみい」と。漢字とカタカナも確認しながら。
なるほど、これはいい方法だと思ってわたしもやろうとしたが、あまりにも面倒だった。一字一字拾わなくてはならない。誤植が絶対に許されない、というものだったら致し方ないが、とても真似られるものではなかった。
本を出すものにとって誤植は宿命かもしれない。
最近ではワードによる変換ミスが多発している。これはどなたも経験がおありだろう。中に思わず笑ってしまうような変換が起こる。「扶養家族」が「不要家族」になっていたり。
ところで拙著だが、四年前の『触媒のうた』(神戸新聞総合出版センター刊)にはいくつかの誤植がある。懸命に校正したのですがねえ。ところが昨年の『完本・コーヒーカップの耳』(朝日新聞出版刊)には今のところ一カ所も見つかっていない。「校閲 くすのき舎」となっていて、チームでやってくださったのだろう。さすがに朝日である。
もう一度『縁起・小墓圓満地蔵尊』に話を戻すが、実は発行後に一カ所、誤植が見つかったのだ。あれほどしっかりやったつもりでも出るんですねえ。たった一字だが明らかな誤植だ。
でもそれは見つけにくいもの。黙っていればだれも気づくものか、である。ここでは内緒にしておこう。
ただ、先に「冒頭の項に思いがけないことが書かれていて」と書いたが、それを読まれると分かってしまう。決して読まないでくださいね。
■六車明峰(むぐるま・めいほう)
一九五五年香川県生まれ。名筆研究会・編集人。「半どんの会」会計。こうべ芸文会員。神戸新聞明石文化教室講師。
■今村欣史(いまむら・きんじ)
一九四三年兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。西宮芸術文化協会会員。著書に『触媒のうた』―宮崎修二朗翁の文学史秘話―(神戸新聞総合出版センター)、『コーヒーカップの耳』(編集工房ノア)、『完本 コーヒーカップの耳』(朝日新聞出版)ほか。