9月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第123回
保健所機能はどうあるべきか
兵庫県医師会医政研究委員
林医院 院長
林 功 先生
─保健所ができたのはいつ頃ですか。
林 保健所はもともと結核感染症に対する社会防衛として設置されました。1919年に結核予防法が制定されたもののあまり効果がなく、1930年には結核の死者数が約12万人を数え国民の死因の第1位でした。この状況を改善すべく、1937年に都道府県・大都市による保健所の設立を規定した保健所法が制定され、保健所の最初の形が生まれました。当時は公衆衛生推進の時代で、保健所は取締を兼ねた出先行政機関でした。
─戦後はどのように変わっていきましたか。
林 1947年に警察行政の所管に残っていた衛生事務も含めた新しい役割を担う保健所の体制が発足、保健所法が大幅に改正され、方向性も取締行政から指導行政に転換し、近代保健所が成立しています。
─1970年頃には結核患者が減少していきましたよね。
林 はい。その結果、公衆衛生行政は予防医学が主となる Health Promotion 時代に突入していき、保健所は1978年の国民健康づくり計画の時に医療ではなく「行政に公衆衛生が結びつく」という選択をしています。行政と結びつくことで医療政策とは独立し、結核問題がなくなっても生き残れるような仕掛けとして感染症対策を保健所が担うという役割分担をおこなったのです。しかし、医療側と保健所でどう役割分担していくかの議論が進まないまま、結核感染者数の減少にともない保健所の縮小だけが進められ、健康危機管理機関より保健・福祉サービスの提供機関としてのウエイトが大きくなっていきました。
─現在の保健所の体制はいつ頃できあがったのですか。
林 1994年の地方自治法改正により中核市が創設されましたが、都道府県からそこへ新たに権限委譲される業務の多くが保健衛生業務でしたので、中核市では独自の保健所を設置し、都道府県・政令市・中核市・特別区等が設置主体となる現在の体制になりました。また、1997年に保健所法を改正した地域保健法が全面施行され、身近な地域保健・福祉サービスの提供機関として市町村が位置づけられます。この時代から行政改革の旗印のもと保健所はリストラを余儀なくされ、1997年以降、保健所の数は明らかな減少を示しました(図1)。
─現在、保健所ではどのような業務を取り扱っていますか。
林 (図2)のように多岐にわたっています。
その多くは本来国家が担う業務ですので、国から保健所にさまざまな事務権限が委任されているのですが、複雑に都道府県・各自治体・保健所・統合組織に保健所権限が委任され、自治体によっても委任されている業務がまちまちです(図3)。
全体の方向性として市町村への権限委任は重要ですが、このような状況により責任の所在が曖昧になり、国や都道府県への集権的な対応の妨げにもなっています。また、行政改革時代を経て保健所機能が縮小したことで、公衆衛生の担い手が不在となってしまいました。
─だから新型コロナで保健所がパンク状態になってしまったのでしょうね。
林 地域健康危機管理ガイドラインにある通り、保健所は地域における健康危機管理においても中核的役割を果たすべき機関なので、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律により感染症対応において大変な業務を担います。新型コロナウイルス対策の主な業務に限っても、感染症法上の事務(発生届受理・入院勧告・解除・就業制限勧告・解除等) 、電話相談、疫学調査、患者搬送、クラスター対策、健康観察、検体の回収・搬送とこれだけの業務内容があるのです。しかし、今回のパンデミック当初は相談件数だけでも1千件を超え、保健所業務は逼迫しました。一方で昨年8月の状態でも県の健康福祉事務所の職員数は整備されず、少人数での対応を余儀なくされています。職業技能集団である公衆衛生スタッフがすぐに養成できるはずもなく、本庁、支所からの応援だけでは対応できなくなっていました。
─ガバナンスにも問題がありそうですね。
林 兵庫県では陽性者の地域別届出状況によると、患者の多くは政令市と中核市に集中しています。これらの衛生主管部は政令市、中核市にあり、県の感染症対策室との連絡が十分になされることがありませんでした。この事態は、民主党政権時代に成立した新型インフルエンザ等対策特別措置法(インフル特措法)の弊害といえます。感染症情報の流れは従来、厚生労働省から都道府県・政令市の衛生主管部に同列に通達されますが、インフル特措法になるとインフル対策本部が県に設置され、都道府県の衛生主管部と市町村の主管部が縦の関係に変わり、都道府県から政令市・中核市の保健所への伝達手段が欠如している可能性があります(図4)。
また、兵庫県新型コロナウイルス感染症対策本部では、県内17ある各保健所長が対策本部員に位置づけられていません。本部会会議に出席した保健所トップは加古川と神戸のみで、コロナ対応の最前線である保健所が政策決定に直接関与することが難しい状況にあることが推察されます。
─保健所がパンデミックに強い機関になるためには、どうするべきなのでしょうか。
林 パンデミック下においては隔離より治療が必要となってくることから、保健所業務にも欧米のように医療機能を持たせる必要があるのではないでしょうか。また、縮小した保健所機能の拡充が欠かせません。健康危機管理に関しては、都道府県と政令市・中核市の保健所の情報共有体制及び集権的な命令系統の構築も不可欠です。新興感染症に対応した公衆衛生政策が遂行できるように、地域保健法の改正が望まれます。