12月号
連載エッセイ/喫茶店の書斎から 55 がん光免疫療法
今村 欣史
書 ・ 六車明峰
朝刊を開いて目を瞠った。9月29日のことである。
~「がん光免疫療法」新薬承認~
と大きな見出し。
《特殊な光を当ててピンポイントでがん細胞をたたく「がん光免疫療法」の新薬について、厚生労働省から製造販売承認を取得。》と。
うれしいなあ。
と、なぜわたしが個人的に喜ぶかというと、この治療法を開発した小林久隆博士は、わたしの恩師のご子息なのである。わたしはそのご両親から教えを受けている。遠い昔、中学生時代である。
また、お父上の小林久盛氏が西宮市教育長を退いた後、市長選挙に立候補されたとき、生涯一度の選挙運動をした。結果は、教育者上がりの清潔な先生は、根回し上手の相手候補に惜敗してしまったのだが。
そのご両親は何度かうちの店にもご来駕いただいたことがある。
ほかにもエピソードはいろいろあるが、自慢になりそうなのでここでは遠慮しておこう。
がん光免疫療法だが、「世界の注目を集めている」と以前にも話題になった。
2012年1月、米大統領の年頭一般教書演説で「連邦政府が財政援助する研究所でいくつもの発見が生まれた。その一つが正常な細胞は傷つけずにがん細胞だけを殺す新たな治療法だ。」
こう誇らしげに演説したのは、バラク・オバマ大統領。
その研究所が、小林久隆博士が主任研究員を務める「米国立衛生研究所」。久隆さんはその中の「国立がん研究所」に所属し、この研究を開発した。
米国での臨床治験が始まったのが2015年。そして日本で始まったのが2018年3月。
それがこのほど承認されたというのだ。がん患者にとって待ち焦がれた朗報。
わたしは専門家ではないので、この治療法を詳しくは語れないが、ごく簡略に記すとこうだ。
「人体に無害な近赤外線を使って、がん細胞をピンポイントで破壊する。したがって放射線治療や抗がん剤のように強い副作用を起こさない。治療がシンプルで装置も小型。故に治療費が高額にならない。将来的には見つけにくい転移がんにも有望」
三年前に出た本がある。
『がん光免疫療法の登場』(永山悦子著・小林久隆協力・青灯社)。
久隆さんは中でこんなことを語っておられる。
《大事なことは、ノーベル賞などの化学的な賞は絶対に目指さないことです。患者の皆さんに少しでも早く技術を届けるためには、研究をしている段階から「基礎研究ではなく、応用研究だ」と割り切ることが重要です。》
ここを読んで、わたしは「えっ、そうなの?」と思った。きっと近いうちにノーベル賞を受けられると思っていたので。
次にこの本の最後のページを紹介します。
《永山 光免疫療法の開発を発表した2011年の論文の取材で、小林さんとメールをやり取りした際、「これは私が考える究極の理論で、(略)これよりも良い仕事をこれから出せる自信はほとんどありません。私には今、これより高い山が他に見当たらない状態です」と書かれていたのが記憶に残っています。今もこの思いは変わりませんか。
小林 変わっていません。今でも、恐らく私がこれから一生研究を続けたとしても、これより高い山を見つけることは難しいと思っています。その理由は、「がん細胞だけを殺す」という目的を達成するために、物理的、化学的、生物学的に最適と考えられる理論や条件、つまり「近赤外線」「抗体」「スイッチON・OFFの理論」を見出し、使えるようになったからです。これらはシンプルかつ実用的な手法であり、どの一つをとっても、これ以上の方法を見出すことは難しいだろうと感じています。(略)
「がんはもう怖い病気ではない」と言える社会が来るように、これからも努力を続けるつもりです。》
これが三年前である。なのでわたしは、今回の厚生労働省の承認の記事に歓喜したのだ。そして早朝にも関わらずわたしは久隆さんのご母堂にお祝いの電話をした。
「朝早くにごめんなさい」と言うと、もうすぐ米寿を迎えるという孝子先生は、
「あら今村君。大丈夫よ。もう洗濯一回済ましたわよ」とお元気な声だった。
■六車明峰(むぐるま・めいほう)
一九五五年香川県生まれ。名筆研究会・編集人。「半どんの会」会計。こうべ芸文会員。神戸新聞明石文化教室講師。
■今村欣史(いまむら・きんじ)
一九四三年兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。著書に『触媒のうた』―宮崎修二朗翁の文学史秘話―(神戸新聞総合出版センター)、『コーヒーカップの耳』(編集工房ノア)、『完本 コーヒーカップの耳』(朝日新聞出版)ほか。