3月号
明日あたりはきっと春|作詞家・ミュージシャン 松本 隆さん
「あの松本隆が神戸に住んでいる」。そんな噂を聞いてから久しい。ご自身のSNSには神戸の風景に溶け込み、たくさんの神戸の人たちと交流する姿がある。インタビューをお願いすると、「堅苦しい話じゃなければね」と応じていただいた。
日本語で書くのは、いい詩を作りたいから
―音楽との関わりの初めはドラムだったとか。憧れのミュージシャンがいたのですか。
高校1年のとき、バンドで何となくドラムを始めたけど1年たったら全国大会で優勝。当時はうまかった(笑)。一番好きなのはリンゴ・スター。憧れたのはザ・バンドのリヴォン・ヘルム。あまり連打がなくて、手数が少ないけれど、すごくセンスがいい。
―そして「唯一無二」とまで評されるドラマーに。
始めた頃は意味もわからずリヴォン・ヘルムを真似していて、それから独自の音を探していったからそう言われたのかな。後から知ったんだけど、彼はリードボーカルだからマイクがあって複雑なことができないし、あまり大きな音を出すと歌が聞こえなくなるからあのスタイルだったんだよね。
―ご自身で自分のドラムを評すると?
岡林信康と競演する時は迫力あるドラムになるし、高田渡だと少し大人しくなる。一緒に演奏する相手次第。
―松本さんがミュージシャンとして活躍しておられた70年から80年代のロックを、今若い世代が好んで聴いています。なぜでしょう。
それがロックの基準となったからでしょう。以前は、高齢になったら昔を懐かしみ遡って聴いていたけれど、今は質の高い音楽を求める人たちが70年代、80年代に回帰している。あの頃、僕たちが作っていた音楽もYouTubeで聴ける時代になったことは大きな要素だろうね。
―当時は珍しかった海外を思わせるサウンド、でも歌詞は日本語。その理由は。
インタビューのたびに聞かれるんだけど(笑)、答えは単純に「慣れた日本語でいい詩を作りたいから」。当時の東京は「英語じゃないとオシャレじゃない」「ダサイ日本語でロックができるか!」なんていう風潮があって。英語で作れないこともないけれど、それほど自信はない。カッコだけ付けても中身が薄っぺらじゃあ意味がない、モノが良くなければ腐っちゃう。ご飯でもそうでしょう?どんなに見た目が奇麗でも、美味しくなければダメ。ファッションでも同じこと。見た目カッコ良くても、底が浅いとカッコ悪い。この持論は18歳の時から一切ブレていないな。
女性は強い人、音楽はクラシックが好き
―主人公が女性の歌詞が多いです。思い描いている素敵な女性は。
気が強くて、自分の意思をしっかり持った女性。
―意外。「行かないで」「そばにいて」「おとなしくしているから」と言える女性かと…。
原点は、今も健在で相変わらず気が強い母親かな。卓球のシニア大会でチャンピオンになった人。80歳過ぎたころ、全国大会前日に高熱出して入院していたのに「明日はどうしても行く」と言ってね。「説得してくれ」と父親から夜中に電話がきて、僕は「一度言い出したら決して前言を翻えさないから引き留めるのは無理。行かせなさい」と。そんな母親に育てられる息子は理不尽なことが多くて、悲劇だったけど。
―でも強い女性に魅かれてしまうのですね(笑)。
ところで、このお店にはジャズが流れていますが、普段聴く音楽は?
ジャズを聴くのはここに来たときぐらいで、よく聴くのはクラシック。今、気に入っているのは指揮者のグスターボ・ドゥダメル。中米ベネズエラ出身でね、何だか可愛い。ロシアの若手指揮者テオドール・クルレンツィスもいいね。バイオリニストのパトリシア・コパチンスカヤは素晴らしい。燕尾服みたいな不思議なドレスを着て、裸足でチャイコフスキーのバイオリン協奏曲をまるでオーケストラを挑発するように弾くのがすごく印象的だった。
―佐渡裕さんと交流がおありですね。
彼は天才。日本の財産だね。
神戸は、のんびりしていて、おおらかな街
―神戸に来る前のお住まいは東京?
子どもの頃からずっと東京。神戸に来る前20年ほど住んでいた家は、天才建築家・妹島和世さんが設計してくれた建物。金沢21世紀美術館もつくっているから、あそこへ行くとうちに居るみたいだった。素敵な建物で大好きだった。でも、東京暮らしはもういいかなって。
―なぜ神戸へ?7年住んでみて、印象は変わりましたか。
東京での生活が煩わしくなって、京都か神戸と思っていたけれど、たまたま今住んでいるマンションが建ち始めていて、すごく気に入って神戸を選んだ。だから大した理由じゃない(笑)。でも、港町は子どもの頃から好き。船の出入りを眺めるのが好きなんです。街の印象はのんびりしていて、おおらか。7年間、住んでみてもこの印象は変わらない。
―これからもずっと神戸?
特に心惹かれる街は他にないから、多分ずっと神戸かな。
―「風街神戸」も続けていただけたら神戸っ子として嬉しいです。
あのライブは本当に素晴らしかった。正直、全然知らないミュージシャンばかりだったから不安もあったけれど、期待の10倍以上、面白かった。
―美味しいお店もあちこち行っておられますね。
洋食屋も好きだけど、神戸はやっぱり中華かな。三宮、元町界隈ならどこでも美味しい。小さなお店でも頑張っていて、美味しいものを食べさせてくれたら応援したくなる。パンの名店もたくさんあって、ドンク、サ・マーシュ、リキ…。
―ご自身のこれからについては。
キアヌ・リーブスの言葉で「自分のために生きていたら鬱になった。だから他人のために生きる」っていうのがTwitterに流れていて、ちょっと気になってね…そういうことかな。
取材協力 ・風見鶏の館 ・ラインの館 ・MOKUBA’S TAVERN ・TICK-TOCK
松本 隆
昭和から現在に至るまで数々の国民的ヒットとなる名曲を世に送り出し2020年には作詞家生活50周年を迎える。大滝詠一、細野晴臣、松任谷由美、松田聖子などに新境地を開かせた言葉の達人。これまで2100曲以上の楽曲を400組以上のアーテイストに提供。130曲以上がオリコントップ10入り、うち52曲が1位獲得。日本の音楽史上に燦然と輝くキャリアを持つ。慶応義塾大学特選塾員。平成29年紫綬褒章受章。
「神戸は自由な風が吹いています。港町で一度震災で壊れた街でありながら、なんかみんなほんわかしている。一度地獄を見て、それでいてほんわかしているというところに詩人としてすごく興味をひかれます。」松本隆談