9月号
世界の民芸猫ざんまい 第四回
「我輩は 黒猫 である」 ヌーボー九谷焼
中右 瑛
連日の猛暑に、吾輩もバテ気味である。 地球温暖化の影響で、近年は益々ひどい。
ご主人さまは、朝早くから起きて、庭の植木や鉢の水やりに余念がない。
植木たちも息絶えの状態だ。池からバケツに20杯ほどの水を汲んでは、丹念に撒く。これがご主人様の夏の日課の始まりである。
ご主人さまが、この猛暑に一番気がかりなのは、池の鯉たちのことだ。食客は吾輩だけではなく、鯉たちも先輩の古い食客たちである。池の水が高温になれば、水中の酸素が少なくなり、鯉たちは弱ってしまうからである。小さな池だが、赤、黄、まだら模様など色とりどりの大小の鯉が11匹もいる。この暑さで鯉たちもアップアップしている。温度差で風邪をひかないか?シラミが湧かないかとご主人さまは気が気でない。日よけのよしずを張り、水道水を補給して、高温にならないように考慮しているのである。
歌舞伎好きのご主人さまは鯉たちに役者名を付けて、楽しんでいる。鯉の中には、40年来のボスもいた。黒くて大きなズウ体だったので団十郎と名付けていたのだが、昨年の梅雨時に、急死したそうな。水温不順による鯉の風邪ひきやそれにシラミやイカリ虫が発生して、害虫殺しのために池に薬を撤いたのが災いした。薬の調合ミスのため毒を撤いた状態になり池全体の鯉たちが弱り始めたのである。マン悪く一番元気だった団十郎が犠牲になってしまったのだ。ご主人さまはこれには参った!思いもかけぬショックを受け落胆した。
紅白模様のきれいな女形のような福助はどうにか残っている。若く元気な海老蔵、猿之 助はいまも元気にハシャギ回わっている。二年前に食客となった小さな鯉たち、愛之助、 隼人や巳之助も、最近見違えるほど大きくなった。吾家の池は歌舞伎役者でいっぱい。賑やかで、ハシャイでいる。
エサを撒く。狂喜する歌舞伎役者たち。ご主人さまはご満悦である。一方、賑やかな食客たちに比べて、吾輩はひとりぼっち、ちと寂しくなる。
さて、話しはそれたが、九谷焼「招き猫」についてご紹介しよう。
やきもの「招き猫」の三大聖地といわれた瀬戸窯、常滑窯、そして九谷窯。
せとものの総称で知られ、「招き猫」の元祖の瀬戸、戦時戦後の時流に便乗した貯金箱「招き猫」で発展した常滑、印象的な色合いで芸術的に評価されている九谷。
九谷窯は、彩色が繊密で丁寧、ときには盛と呼ばれた独特の厚い色絵具の彩色技法を使って重 厚さを狙い、凝った図柄の美術工芸品として楽しめる。殊にヌーボー黒猫はミステリックで迫力があり、妖しい魅力を発揮している。最近は、写実的な猫が造られ人気を得ている。
各地の窯元は、それぞれの特色を生かし、いまに至っている。
■中右瑛(なかう・えい)
抽象画家。浮世絵・夢二エッセイスト。1934年生まれ、神戸市在住。行動美術展において奨励賞、新人賞、会友賞、行動美術賞受賞。浮世絵内山賞、半どん現代美術賞、兵庫県文化賞、神戸市文化賞、地域文化功労者文部科学大臣表彰など受賞。現在、行動美術協会会員、国際浮世絵学会常任理事。著書多数。