02.12

WEB版・スペシャルインタビュー|歌舞伎の可能性を広げる
〝第三の演劇〟に挑む…幅広い世代に魅力を伝えたい
歌舞伎俳優
市川右團次さん
■普遍の安倍晴明の世界観
平安時代の陰陽師、安倍晴明を歌舞伎俳優、市川團十郎が演じる舞台公演「JAPAN THEATER『SEIMEI』」が2月19日、大阪・オリックス劇場で開幕する。「神々と人間の共生、共存をテーマにした壮大な物語。現代、そして未来へとつながる普遍のメッセージが込められています。人間は、どうやって自然と共生していくのか?そんな〝永遠のテーマ〟を描いています」。京都を守る四神の一人、青龍を演じる市川右團次が、新作舞台への思いを熱く語った。
人類を代表する晴明に対し、人類に反旗を翻す四神の朱雀役に抜擢されたのは関西ジュニア『Lil かんさい』の嶋﨑斗亜。いわば〝歌舞伎俳優×アイドル〟という構図も併せ持つ異色の新エンターテインメントの邦楽劇だ。
この配役について、主要キャストを託された右團次は、「これまでの嶋﨑さんの舞台での演技の評判は聞いています。フレッシュな配役でこれまでにない新鮮な舞台となるのではないでしょうか」と〝異色の初共演〟に興味津々で語る。
さらに俳優陣だけでなく、舞台を支えるスタッフも、チャレンジングで豪華な布陣が組まれている。
神楽振付を、マイケル・ジャクソンやマドンナのバックダンサーを務めたケント・モリが担当。楽曲を手掛けるのは人気バンド『LUNA SEA』のSUGIZOで、歌舞伎と異ジャンルの融合が試みられる。
「錚々たるメンバー。和楽器のシンフォニーに洋楽も加わり、どんな楽曲になるのか、今からとても楽しみで、胸を躍らせています」と意欲を見せる。
物語の舞台は平安時代。陰陽師、安倍晴明(市川團十郎)は神々との共存を望んでいたが、四神の朱雀(嶋﨑斗亜)が晴明を裏切り、反目する。「東」を守る四神の青龍(市川右團次)は晴明と朱雀の間で揺れ動く…。
大阪での取材時(1月31日)。
「実は、まだ台本が届いたばかりの段階なんです。全員が集まっての〝台本読み(ほんよみ)〟も稽古も、これからなんですよ。果たして、どんな楽曲になるのか、どんな振付になるのか。まだ、まったく知らされていない。あまり時間はないのですが、実は心配はしていません」と打ち明けた。
すでに、この日。本番の公演まで、3週間を切っていたが?
「決して安心しているわけでもないのですが、歌舞伎の古典演目なら、全員揃っての稽古期間は数日程度…ということはよくありますからね」と歌舞伎俳優として余裕の笑みを浮かべた。
■市川團十郎との共演
市川團十郎との共演。その意気込みを聞くと、こんな秘話を教えてくれた。
「実は團十郎さんの襲名披露興行では本興行も、地方巡業も含めて、すべて私は出演しているんですよ」
團十郎の襲名披露興行(「十三代目市川團十郎白猿襲名披露興行」)は、2022年11月に始まり、昨年10月までの2年間続けられた長丁場の興行だった。
右團次が、2年間にわたる團十郎のすべての襲名披露興行に関わり、出演していたというのだ。
全国を回る地方巡業の日程を考えると、この襲名披露興行を最優先しながら自身のスケジュールをこなしてきたことが想像できる。
「特に意識はしていませんでしたよ」と、こともなげに話しながらも、「一回も欠かさず、すべて出演できたことは、とても光栄に思います」としみじみと振り返った。
約20年に及ぶ團十郎との厚い信頼関係、結束の強さを物語るエピソードである。
「團十郎さんと最初に出会ったのは2004年。当時、私は市川右近。2017年に市川右團次を襲名しますが、このとき、襲名を強く勧めてくれたのが、團十郎さんでした」
二代目右團次の死去から実に80年ぶり。上方歌舞伎界の大名跡「市川右團次」の三代目を名乗る覚悟を固めることに、強く背中を押してくれたのが團十郎だったのだ。
そのとき、團十郎はこうも話していたそうだ。
「あなたは〝右近〟なのだから〝右團次〟の名を継承すべきだと。右近は私の本名なのですが」と愉快そうに右團次は笑った。
■新たなムーブメント
ケレン味あふれる華やかな歌舞伎俳優としての期待を一身に担い、スーパー歌舞伎に力を入れ、オペラ演出など歌舞伎俳優の枠を超えた活動にも積極的に取り組んできた。近年はテレビ俳優や映画俳優としても引っ張りだこだ。
これらの活動の源泉について聞くと、「すべては歌舞伎のためです」と力説した。
「より多くの人、幅広い世代に歌舞伎に興味を持ってほしいし、魅力を知ってほしいから」と。
間もなく始まる新作の舞台『SEIMEI』も同じという。
「さまざまなジャンルが融合され、歌舞伎の枠を超えた第三の演劇となり、新しいムーブメントへとつながれば」
新たな創作へ挑む決意表明にも聞こえた。
貴重な秘話をもうひとつ教えてくれた。
2025年は右團次にとって、とても重要な節目となる年であることをご存じだろうか。
「1975年に市川右近を名乗って初舞台を踏んで以来、今年、50周年を迎えるんです。実は、あまり公言していない話なのですが…」
1975年、二代目市川猿翁(当時、三代目市川猿之助)に弟子入りし、同年、初代市川右近を名乗って以来、弛まぬ努力、奮闘ぶりで歌舞伎俳優としての道を切り開き、今の確固たる地位を築きあげてきた。
そのキャリアに驕ることなく、謙虚に、少し恥ずかし気に〝50周年〟について明かしてくれた。だが一方で、半世紀にわたって歌舞伎の第一線を駆け抜けてきた自信を漂わせる表情は、誇らしげでもあった。
「〝2025年〟という区切りのいい年に50年を迎えることができたこともうれしく、何か特別な意味を感じます」とも。
61歳となったが、「歌舞伎俳優にとって50代、60代は、まだ鼻たれ小僧と呼ばれる年代です」と決して慢心はしていない。
2019年から全国に蔓延していったコロナ禍の影響で、歌舞伎を含め、舞台公演など文化・芸術、エンターテインメントの業界は大打撃を受けた。
そして2025年。ようやくコロナ禍は明け、最悪期から脱却しつつあるようにも見えるが、「まだまだ、回復しているとは言えません」と否定し、こう続けた。
「歌舞伎の魅力を伝えるために。歌舞伎の人気を復活させるために…。まだまだやらねばならないことはたくさんあります」と。
(文=戸津井康之)
<公演情報>
JAPAN THEATER「SEIMEI」
Supported by 飯田グループホールディングス
日時:2025年2月19日(水)~2月24日(月)≪全9回≫
会場:オリックス劇場
出演:市川團十郎/嶋﨑斗亜(Lil かんさい)
市川右團次、中村鷹之資、市川男寅、大谷廣松、市川九團次
脚本:今井豊茂
演出:広井王子
楽曲:SUGIZO
邦楽作曲:今藤長龍郎
神楽振付:ケント・モリ
歌舞伎音楽:田中傳次郎
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