2025年
2月号

神戸で始まって 神戸で終る 56

カテゴリ:文化人, 現代美術

横尾忠則現代美術館にて開催『横尾忠則の人生スゴロク展』について

われわれの子どもの頃は、正月になるとスゴロクで遊んだものだ。少年向けの雑誌の新年号には、必ずスゴロクが付録についていた。サイコロを振って、その目の出たコーナーというか場所に上ったり、時には下ったり、振り出しに戻されることもある。現代の子どもには、スゴロクで遊んだという実感は全くないのではないだろうか。
そんな古い時代のアナログ・ゲームのスゴロクを題材にしたのが、今回の『横尾忠則の人生スゴロク展』である。本展のキュレイターは山本さんである。
「ヘェーッ!?」と最初は思ったが、企画内容の説明を受けていると、「なるほど」に変わってきた。山本さんが言うには、僕の波乱万丈の人生を作品によって再構成しているものだが、無事「あがり」にたどり着けるかどうかは運まかせ。なるがままに運命を受け入れてきた横尾の生き方さながらに、楽しく遊びながらその作品に親しむことができる、「前代未聞の企画展」だそうである。
僕は別に波乱万丈の人生を生きてきたとは思わないが、山本さんが言うように、僕は確かに運にまかせて生きてきたと思う。面倒くさいことがいやなので、自主的に行動を起こすより、向こうからやってきたものにまかせた方が便利がいいんじゃないかと、ただそれだけのことである。
欲望に従って積極的に生きるよりも、むしろ受け身になって、それに従った方が必要以上の自我意識に振り廻されないで、逆に、どこに連れ出されるのかわからない他動性に従う方が、未知への期待や冒険が待っている。その方が自分の想像力を遥かに超えて、とんでもない地点に運ばれていく。だけど、そのような他人まかせというか運命まかせに対して不安を抱く人にとっては危険な賭けになるのかも知れない。
僕は子どもの頃から優柔不断で、自分の意見や意志の希薄な人間だったと思う。とにかく口ぐせのように「面倒くさい」と言っていたように思う。だからか、将来に対するビジョンもあまりなく、未来は自分が設定するものではなく、天だか誰だかが決めるもので、それに従えば、その時に必要な場所へ導いてくれると思っていた。
時には右に行けと命じられ、その通りに従うと、突然、左だと指示がでる。そして左に従うと、やっぱりどこそこだとなる。でもそれに逆らうことなく、かなり忠実に従ってきた。そして、その時期に最もふさわしい場所に着地する。僕は本当にこのような生き方をしてきた。その結果が、今の僕の場所であり、今後もこのパターンは続くと思うし、その時の条件に従うつもりである。
そしてその運命パターンが終る時が死である。だから、死をそんなに恐れていないのである。もう充分生かされたと思っている。
山本さんの言う波乱万丈とは、僕のように人まかせというよりもむしろ、運命と戦いながら激突する人生を切り拓いて、弾丸の中を前進していく野人的な人間を僕は想像するのだが、つまり自我意識によって社会を切り拓いていく、そんな戦士のようなイメージを描くのだが、どうだろう。
だから僕を背反した生き方の人物こそ、波乱万丈的ではないかと思う。以前、僕の伝記的エッセイを『波乱ヘ‼横尾忠則自伝』と呼んだが、これは出版社の戦略で命名されたタイトルであったように思う。
ここで「波乱万丈」について辞書を引いてみた。事件などの変化が激しいこととある。そうか、事件なんだ。別の辞書では、「波瀾(はらん)」の「波」は小さい波。「瀾」は大きい波の意で、物事に変化、起伏の有ること。「万丈」とは両面の変化が激しいことで、ものごとや騒がしいことを表す。
と考えると、僕に与えられた「波乱万丈」はやはりちょっと違う。波はいたって小さい。だけど変化、起伏はある。ある意味で変化の連続である。運命とは変化そのものである。運命にまかせても逆らっても、変化からは逃れられない。
だけど僕の変化は変化と気づかないような変化のように思う、というか変化そのものが運命の特質である。運命と戦わなくても自然に戦わされているのかも知れないが、それに気づかないのである。どん感なのである。自然体といってもいいように思う。自然体の条件は、なるようになることである。なるようにするのではなく、気がついたらなるようになっているのである。
人生はそれでいいのではないだろうか。それでは不満だという人が、運命と戦って勝ち取るのである。運命に従うということは、勝ち取るというような強引さは全くない。しかし、世間の評価はこのようにして勝ち取った者が称えられる。
まぁ、今回のスゴロク展は、そんなにややこしいことは言わない。どのような展覧会になるのか、僕にも全く予測がつかない。それこそ運命まかせにしましょう。
撮影:横浪 修

《1936年、一人の男が真実の追求のために生まれた》
1988年 横尾忠則現代美術館蔵

《大入満員》
1994年 横尾忠則現代美術館蔵

《城崎幻想》
2006年 横尾忠則現代美術館蔵

美術家 横尾 忠則

撮影:横浪 修


1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞、東京都名誉都民顕彰、日本芸術院会員。著書に小説『ぶるうらんど』(泉鏡花文学賞)、『言葉を離れる』(講談社エッセイ賞)、小説『原郷の森』ほか多数。2023年文化功労者に選ばれる。

『横尾忠則の人生スゴロク展』開催中
2025年1月17日(金)~5月6日(火) 
横尾忠則現代美術館(神戸市灘区)にて
横尾忠則現代美術館

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