2月号
神戸偉人伝外伝 ~知られざる偉業~㊻後編 田辺聖子
世界のモードは神戸がリード…
未来に期した壮大な夢
愛され続ける小説
作家、田辺聖子は大阪市内で三代続く老舗の写真館で生まれ育ったが、神戸市兵庫区の開業医と結婚後、生田区諏訪山の洋館や、養父が亡くなった後は総勢十一人の大家族とともに兵庫区荒田町で暮らした。38歳で結婚してからの神戸暮らしだったが、神戸への思い入れは特に強かったようだ。
それは、神戸の名所などが小説の舞台として数多く登場することや、エッセーの中などでも度々、神戸の自然や街並み、文化などが取り上げられていることからも分かる。
田辺の代表作の小説の一つに「ジョゼと虎と魚たち」(角川書店)がある。1984年に「月刊カドカワ」で発表されて以来、何度も映像化されてきた人気作だ。
最初に映画化されたのは2003年。
自分のことを〝ジョゼ〟と呼ぶ足の不自由なヒロイン、山村クミ子に池脇千鶴を、クミ子と親しくなる大学生、恒夫に妻夫木聡を配役。若手実力派の〝競演〟が話題を集めた。
おっとりした独特の話し方で関西弁を使う個性的なジョゼを大阪出身の池脇が、奔放な性格のジョゼに振り回される恒夫を妻夫木がそれぞれ熱演。田辺が活字で描いた昭和の世界観は平成になっても色褪せないことを証明、映画は大ヒットした。
それから17年後。2020年、今度は劇場版アニメとなって公開され再び話題に。
声優も注目された。ジョゼの声を大阪出身の清原果耶が、恒夫の声を中川大志が演じ、こちらも大ヒット。アニメ版では神戸市の須磨海浜公園も登場。二人がデートへ出かける印象的な場面として描かれ、公開後、国内外のアニメファンが訪れる聖地巡礼の名所として人気が定着した。
さらに、2021年、韓国映画としてリメイクされた実写映画が日本で公開された。
田辺が構築した世界観は、昭和から平成、令和へと語り継がれ、時も国境も超えながら多くの人々の心を魅了し続けている。
エッセーで綴る神戸への思い
田辺はエッセーにも力を注いでいた。「歳月切符」(集英社文庫)の中に神戸について綴られた興味深いエッセーがある。タイトルは、ずばり「神戸」。
《現今の神戸はポートピアで躁状態であるから猫も杓子も浮かれているが、だいたいこの町では女性的発想が多くて、女の発言権が強いように思う。そのへんが大阪の古さとはちがうし、京都の因襲の強さともちがう》
神戸と大阪、京都との違いを論じる田辺独自の「三都論」が独特でユニークだ。
彼女がこのエッセーを書いた昭和57年頃。
《遊び好きパーティー好き、新しもの好き、好奇心満々、とくれば、これこそ女性の本来の体質にぴったり一致しているではないか。神戸はファッション都市宣言をしていて、いまに日本どころか世界のモードは神戸がリードするという壮大な夢をもっている》
田辺がこう予想してから約40年が過ぎたが、現在の神戸人の気質はどう変わっただろうか。あるいは変わっていないか?
大阪生まれの彼女が神戸で暮らし、女性が生きがいを感じる街としてのエネルギーを実感し、神戸に未来への希望を託していたことも、このエッセー集から伝わってくる。
《…人口一人当りの喫茶店数は日本一、という統計があるそうであるが、おしゃべりして一服するのが好き、という、これまたオンナオンナした町であり、いかにも女たちの喝采を博しそうな色合にみちている。新井満さんは「日本のウエストコーストや」といわれたが、閉塞状況の日本の中で、神戸だけはフタがとんでしまい、底が抜けたような開放感を与えられる》
作家の新井満が、神戸を米西海岸のウエストコースに例えていたのも面白い。この〝日本のウエストコースト・神戸〟に田辺はこんな期待を込めている。
《…女がノビノビと生きられそうなイメージがあるからである。神戸はこれからいよいよ発展しそうだと思う所以である》と。
田辺は好んでエッセーを書いていた。ある老作家の「エッセーを書く小説家の気がしれない。大切なものを小説以外の場でどんどん流出させるのはもったいないのに」という嘆きに対し、彼女は持論をこう展開する。
《そのお言葉がいまの私にはよくわかり、ほんとにそうだと思うが、しかしよく考えてみると私の場合、小説もエッセーも源流は同じで、滝となり川となっても、やがては読者、受け手の大海へ流れてゆく、というものかもしれない》
「もったいない」と言われようと、読者に伝えたいことが彼女には山ほどあったのだ。田辺が「神戸」について綴ったエッセーについて作家の清川妙がこう解説している。
《神戸の町の愉しさは、中年がいきいきして若々しくて、面白くって、若者とごっちゃになって楽しむことだ、と書かれているが、それはそのまま田辺さんの像だ》
神戸の町と田辺は似ている…と清川は言う。この説は神戸っ子にとって大きな誇りである。
=終わり。次回はSFの巨匠、
小松左京。
(戸津井康之)