1月号
新春インタビュー | 県民の 安心と健康を 守るために
ポストコロナの時代を迎え、医療をめぐる環境は変化し、新たな課題も浮かび上がっている。そんな中で県民の健康を守るために兵庫県医師会はどう考え、どう動くのか、八田昌樹会長にお話をうかがった。
昨年も続いたコロナ対策
─会長就任から約1年半ですが、振り返っていかがですか。
八田 やはり新型コロナウイルス感染症対策ですね。就任直後の一昨年の夏は第7波、年末年始は第8波と感染症が膨大になり、発熱検査医療機関も非常に逼迫しました。自宅療養者や高齢者施設への往診体制の充実、宿泊療養施設の活用、かかりつけ医のコロナ患者診察の推進を行って乗り切ってきましたが、県とはその都度対策本部会議を開催して、齋藤元彦知事や感染症対策課と密に連携協力を行ないました。また、私が音頭を取って県下の保健所の横の繋がりにも協力してきました。このようなことを含め、今後どのような新興感染症が襲来しても今回の経験を生かして対処していきたいと考えております。
─2023年は4月に保険証のオンライン資格確認システム導入の原則義務化が行なわれましたが、実態はいかがでしょうか。
八田 世界的な半導体不足によりカードリーダーが確保できず導入が難しかったのですけれど、2023年10月29日時点では全国で病院が97%、診療所が89%、薬局が94%、合計で88%という普及率になっています。しかし、利用率は非常に低く、ほとんどの患者さんが紙の保険証です。ただ、保険証とマイナンバーカードの一体化は医療機関にとって、この先メリットはあるでしょうね。患者さんが同意すればですけれど、処方されている薬がわかりますし、特定健診の結果も閲覧できますので、便利になるとともに正確な情報に基づいた総合的診察ができるようになるでしょう。
─メリットはあるのですね。
八田 でも、マイナカードの取得は任意なんです。それがあまり普及しないので、義務化されている保険証を利用してマイナカードを普及させようと政府は考えているのでしょう。2024年秋に紙の保険証を廃止してマイナカードの保険証利用を義務づけ、マイナカードのない人には資格確認証を発行するということですけれど、ならばマイナカードと保険証を並行して利用できるようにすれば良い訳ですから、そのあたりが拙速だなと思うところで、もっと確実にゆっくりと進めても良いのではないかという印象です。
かかりつけ医制度の問題点
─財務省がかかりつけ医制度を推進しようとしていますけれど、財務省ということは医療費削減に目的があるのでしょうか。
八田 まず、「かかりつけ医機能制度」と「かかりつけ医制度」は違うということをご理解いただきたいですね。昔から「〇〇先生に診てもらっています」と言うように、多くのみなさんはかりつけ医、主治医を持っています。そのあたりを医療費抑制政策の一環に結びつけようと財務省は考えたのでしょう。かかりつけ医制度により医師や医療を国家が管理して、登録制や人頭払い制にする、つまりかかりつけ医に登録された住民の人数に基づいて診療報酬を支払う形にして医療費を抑制しようという思惑ですね。
─実際に医療費削減の効果があるのでしょうか。
八田 医療費増大の主な原因は医療の高度化、先端医療や高額医薬品、高齢者人口の増加なのです。ですから国民医療費の約19%に過ぎない一般診療所にかかりつけ医制度を導入しても、医療費抑制の効果はないでしょう。それどころか、もしかかりつけ医制度が導入されると、誰もがいつでもどこでも医療を受けられるという国民皆保険制度のフリーアクセスが制限されることになります。そうなれば患者さんも困るでしょう。かかりつけ医機能についても、みなさんそれぞれ内科は〇〇先生、眼科は△△クリニックなどと複数のかかりつけ医を持っている訳ですから、かかりつけ医を固定するような法改正は我々医療関係者も、国民も望んでいないのですよ。ですから2023年1月にかかりつけ医の制度化が国会で阻止されたのでしょう。
─かかりつけ医自体は日本で浸透しているのでしょうか。
八田 昔から定着していると思います。かかりつけ医に必要な技能は我々医師が研鑽しないといけないことだと思いますし、医師会も研修制度などを設けて総合診療のスキルアップに努めているところです。
デジタルの活用をより推進
─医師不足の現状はいかがでしょうか。
八田 人口千人あたりの日本の医師数は2.6人で、フランスの3.2人、ドイツの4.5人と比較しても少ない数字になっています。しかし、少ない人数でも世界でトップレベルの医療を行なっていますし、超高齢社会を支えています。一方で、過労死ラインを超えて働く医師がいるという問題も出てきています。医師の偏在化という課題もあります。2024年4月からは医師の働き方改革への対応も求められ、労働時間が制限されるようになるので、余計に労働力不足が加速するでしょう。
─医療DXの活用で解決しないのでしょうか。
八田 医療DXとは「保健・医療・介護の各段階において発生する情報やデータを、全体最適された基盤を通して、保健・医療や介護関係者の業務やシステム、データ保存の外部化・共通化・標準化を図り、国民自身の予防を促進し、より良質な医療やケアを受けられるように、社会や生活の形を変えること」と定義されています。ですから、医療DXで解決できるかどうかはわかりませんが、例えば情報通信機器を用いた遠隔診療、オンライン診療が手助けになるかもしれません。しかし、電話や画面を通じた医師=患者間のみによるオンライン診療では情報が限定的になり医療の質は低下しますので、やはり患者さんの隣に看護師さんがいて情報通信機器を経由して患者さんの状態を伝えてもらうなど、対面診療に近い診察にしないといけないのではないでしょうか。
─医師の偏在はいかがですか。
八田 偏在には2つありまして、1つは地域間の偏在、もう1つは診療科間の偏在です。前者については、人は交通の便が良く、情報も多く、生活施設や教育機関も充実している都会に集まりがちですよね。後者については、過酷で時間が不規則な診療科は敬遠されがちです。ですから、偏在をDX化だけで解消することは難しいでしょう。県医師会では偏在解消に向けてドクターバンクを設置し、1か月に1人程度ご利用いただいています。
─命を預かる医療ですので、デジタル化による効率化には限界があるようですね。
八田 2017年に「情報通信機器(ICT)を利用した死亡診断等ガイドライン」が厚生労働省から発出されましたが、これは特に医師不足地域で有効に利用できるかもしれません。また、AIを活用した書類作成など、事務処理などの面で少し手助けになるでしょうね。ですが、国が主導してデジタル化の推進が行われていますけれど、決してデジタル化が遅れている訳でも、世界から取り残されている訳でもないと思うのですよ。国民がトラブルなく手続きを進めていって、我々の先人が進めてきた保険証が1枚あればいつでもどこでも誰でも適切な医療が受けられるという国民皆保険制度という世界に誇る制度によって支えられている日本の医療が、デジタル化が進んでさらに前進できるようになれば良いですね。
─医師会の運営におけるデジタル化はいかがですか。
八田 県医師会では遠方の会員が活動しやすくするために、以前から県内9か所に医師会本部と接続できるテレビ会議システムを導入していますが、このコロナ禍でインターネット回線を使用したオンライン会議が一気に加速しました。自宅や診療所で会議などに参加できるようになり、講演会などでは講師の先生にもリモートでご講演いただくことができます。このあたりがデジタル化による一番のメリットですね。講演会などの参加申込も以前はFAXでしたが現在はWEBからですし、役員と事務局との間ではグループウェアを利用して情報交換を行なっています。こういったことはペーパーレス化や業務の迅速化・効率化にも繋がっています。
若い医師へのサポートを
─これからの医療を支える若い医師にはどのようなサポートをしていますか。
八田 県医師会では県下の病院にご協力いただき、新たに医師になった先生方に医師会に入会していただこうとウエルカムパーティーを開催しています。その時はオリエンテーションも行い医療や保険について学ぶ場を提供するとともに、医師会の役割についても説明しています。それでもなかなか医師会に加入していただけないですけれど。
─その理由は何ですか。
八田 「会費が必要」や「メリットが感じられない」という声があります。会費についてですが、医師会は日本医師会、都道府県医師会、郡市区医師会という三層構造になっていて、郡市区医師会に加入しないと日本医師会に入れないようになっていますから、これが一本化されれば良いのかもしれません。日本医師会は2023年より卒後5年間の会費を無料にする取り組みをはじめ、兵庫県医師会も県内の郡市区医師会も全額ではありませんがそれにならって減免しています。
─ほかに若い医師に向けた取り組みはありますか。
八田 研修医の先生方を対象にしたセミナーを主催しています。気道確保や縫合などの技術を、医療シミュレーターなどを使用しつつ、ベテランの先生が指導しています。また、経験豊富な先生に経験談などをお話いただいています。このような取り組みで若い先生方と顔が見える関係を築けば、医療機関同士の紹介も潤滑に行なわれるようになると思います。
─2024年、どんなところに力を入れたいとお考えですか。
八田 2024年度は第8次保健医療計画が策定されます。この事業の中には新興感染症対策が入りますし、地域医療構想も進めていかないといけません。これまでは病床削減ありきでしたが、これからは地域に応じた考え方が必要です。各圏域で病院の統合再編などの課題がありますが、私としては口出しするのではなく、地域の医師会の考え方を理解するというスタンスです。地域医師会のみなさまは住民のためを考えていますので、それを尊重して行政と話し合っていきたいと思います。あとは医師の働き方改革と偏在への対策は重要な課題です。都市部と地方では違いますから非常に難しいですけれど、県医師会としてより良い方向性を見つけていきたいですね。今回話題に挙がったことのほかにも、子どもや子育てに関するサポートなどにも力を入れたいですが、いずれの課題に対しても、基本的には県民の安心と健康を守るために、郡市区医師会と連携・協力して対処したいと考えています。
一般社団法人 兵庫県医師会 会長 八田 昌樹さん
1954年、兵庫県明石市生まれ。1973年、私立灘高等学校卒業後、1987年、近畿大学医学部大学院修了。2004年、八田クリニックを尼崎市にて開設。2020年、尼崎市医師会会長に就任。2022年、兵庫県医師会会長、日本医師会理事に就任。専門は外科・肛門科。医学博士。日本大腸肛門病学会専門医、指導医。