8月号
未来を駆ける神戸の新風 VOL.3|神戸の港から “開拓”する究極のクリーンエネルギー社会
今年6月、政府が6年ぶりに水素基本戦略を改定し、今後15年間に官民で15兆円を超える投資を行うと発表し、改めて脚光を浴びている水素。
2017年に策定された水素基本戦略の経緯を振り返ると、政府は2030年には水素の発電利用などに伴う大幅な需要拡大を計画。これに伴い大量の水素の調達先として海外の未利用資源から水素を製造し、液化水素運搬船で日本に運ぶ計画が打ち出された。
その担い手が、今回、取材した川崎重工業(中央区東川崎町)だ。同社は、2030年までに水素エネルギー事業を大きな柱の1つに据える「グループビジョン2030」を掲げるとともに、様々な企業と協力して「技術研究組合CO2フリー水素サプライチェーン推進機構(略称HySTRA・ハイストラ)」を設立し、昨年、世界初の液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」による液化水素の国際海上輸送に成功した。また、今年6月には大型液化水素運搬船用の貨物タンクの技術開発を完了したと発表。
着実に水素社会へのステップを踏む川崎重工業のキーパーソン、水素戦略本部 副本部長の山本滋氏に水素の魅力と川崎重工業が描く未来について話を伺った。
世界が注目する
「すいそ ふろんてぃあ」
G7広島サミットの際に広島市の港に寄港し報道公開されましたが反応はいかがでしたか?
様々な国の方に港までお越し頂き、見学頂きました。
船で実際に液化水素を運ぶことを行っているのは世界で我々だけですので、実物を見て「ここまでやってるのか」という私たちの本気度を感じていただけたと思います。また、今回に限らず、水素のサプライチェーンを検討している色々な国から技術面やコスト面などに関する問い合わせを頂いています。
「すいそ ふろんてぃあ」はどのような船なのでしょうか?
水素を次世代エネルギーとして活用するためには、大量に、効率よく、安全に輸送する技術が求められます。その技術実証試験のための船です。
水素は、マイナス253℃で気体から液体に変わり、体積が800分の1に減少します。
体積を減らすことで一回でより多くの水素を流通できるようになります。しかし、船上に液化水素のタンクを搭載するのは世界初となる技術。現在流通している液化天然ガス(LNG)よりさらに90℃ほど低い温度で安定させないといけないところに難しさがあるのですが、無事成功しました。
船名に「すいそ」という日本語を用いたことにも意味があります。マンガやカラオケという日本語が世界標準になったように、「すいそ」という日本語も、我々の技術とともに世界に広めたいという想いを込めて命名しました。
2030年には、いまの船のおよそ3倍の長さとなる全長300m級で、一度で128倍の約1万トンもの液化水素の輸送を可能にする大型の運搬船を実用化する予定です。
目指すは水素をエネルギーとして当たり前に使う社会
川崎重工業が水素に着目した経緯を教えて下さい。
2020年にカーボンニュートラル宣言がありましたが、我々は、それ以前から水素事業に乗り出しています。サプライチェーン構想を外部に発表したのは、2010年の経営計画が最初。日本のような資源に乏しい国がエネルギー安全確保を担保しながら、地球環境保護のためにCO2排出削減を実現していくために、製造時や使用時にCO2を大気中に出さない、CO2フリー水素の製造から利用まで一気通貫で開発するというコンセプトを提案しました。LNG事業で培った技術に加えて、液化水素貯蔵タンクなど液化水素の取り扱い技術と経験を活かせると考えました。
以前から水素貯蔵タンクや水素運搬車は作られていたんですね。
実はもう、40年以上の歴史があります。一番分かりやすい例を挙げると、種子島宇宙センター(JAXA)があります。H2ロケットやH3ロケットの燃料となる液化水素を貯めておくタンクは、国内最大級のものですが、実は川崎重工業製なんです。
また、マイナス162℃のLNGを運ぶ船の建造もずっと行ってきました。
つまり、個々の技術で見ると既に持っている技術なんですが、今回は、サプライチェーンとして「つくる、はこぶ・ためる、つかう」ということを繋げてやっていこうと進めている段階なんです。
いま話題にも出ましたが、およそ50年前にLNGに着目し、その普及を担ってきたのも川崎重工業でした。
LNGのことを振り返ってみると、当時はまだエネルギーと言えば石油などが主でした。そして、石油に比べて高かった。なので、なぜそんな高いものを使わないといけないのかという声もあったんです。しかし、普及してくると値段が安くなりました。また、石油よりクリーンなエネルギーということでも注目され、現在に至ります。
これを水素に当てはめてみると、現在は「水素は環境には良いけど高いよね」という話になっていますが、2050年のカーボンニュートラルは国としても世界としても必達ですから、我々はそこに背を向けることなく、如何に大量に作って安く提供するかに注力し、LNGが石油の代替として普及したように、水素をエネルギーとして当たり前に使う世界を目指して取り組んでいます。
水素の実用化の実証についてお聞かせ下さい。
水素をどうやって使うかというところで、水素ガスタービンによるコージェネレーションシステムを活用した実証施設がポートアイランドにあります。
水素というと燃料電池のイメージもお持ちかもしれませんが、我々は、燃焼機関で水素を使えないかという着眼点で、当社が持っているLNGを燃料にしたガスタービンを活用して、水素も燃料にし、発電し、電気と熱を併給する実証実験を行っているのです。こういった実証を市街地で行ったというのも世界初です。
ここで生み出した電気は近くの下水処理場や神戸国際展示場で、熱は市民病院やスポーツセンターで実際に使ってもらっていました。
このように、水素を「つくる」、「はこぶ」だけでなく、「つかう」ということ、特に、水素が皆さんの生活の中で安全に使えることを示すことで、2050年のカーボンニュートラル実現に向けた好循環が生まれると考えています。
2050年のカーボンニュートラル実現に向けて
水素を「つくる」、「はこぶ」、「つかう」
水素の魅力は何でしょうか?
水素は究極のエネルギー。水の電気分解をはじめ、化石燃料からも製造できる無尽蔵なエネルギー源です。大気に放出されても毒性がありませんし、地球温暖化の主な原因となる温室効果ガスでもありません。
サステナブルな世の中に貢献できるという意味では、無限の可能性を秘めていると思います。このエネルギーを活用する構想は、車やバイクだけでなく、鉄道や飛行機、船舶など大型輸送機器にも広がっています。
本社だけなく、水素の拠点も神戸に置かれています。
設計部隊も近くにいるということもありますが、それよりも、市が先進的なものに対して積極的に取り組み、サポートしてくれる中で、我々もとてもやりやすく進めさせて頂いています。
最後に、将来の夢や目標をお聞かせ下さい。
日本中が水素を活用している姿を世界にアピールしつつ、究極はやはり、世の中が化石燃料を使わないで、当たり前に皆が水素を使っている世の中を築きたいと思っています。