2023年
7月号

⊘ 物語が始まる ⊘THE STORY BEGINS – vol.32 女優 久本雅美さん

カテゴリ:文化・芸術・音楽, 文化人

新作の小説や映画に新譜…。これら創作物が、漫然とこの世に生まれることはない。いずれも創作者たちが大切に温め蓄えてきたアイデアや知識を駆使し、紡ぎ出された想像力の結晶だ。「新たな物語が始まる瞬間を見てみたい」。
そんな好奇心の赴くままに創作秘話を聞きにゆこう。第32回は劇団「WAHAHA本舗」の女優、久本雅美さん。

文・戸津井 康之

喜劇は難しく奥が深い…生涯現役で笑いを追求

元気の源は〝笑ってもらうこと〟

「どんなに疲れていても、舞台の上からお客さんの笑顔を見たら疲れが吹き飛ぶんです。お笑いは私にとって欠かせないもの。元気の源です」
来年、創設40年を迎える日本屈指の喜劇集団「WAHAHA本舗」(以後、「ワハハ」で表記)の看板女優として活躍。創設以来、メンバーを牽引し、舞台の中央に立ち続けてきた。
「かつて演劇ブームの全盛期には数多くの劇団がありましたが、同世代の劇団が次々と減っていき…。それだけに『ワハハ』は唯一無二の存在として、頑張って続けていかないと…」
感慨深げに、しみじみとこう40年を振り返り、かつ自らを鼓舞する。
実際、「ワハハ」も2017年には一度、解散するという話があったが、熱心なファンの劇団復活を求める声にこたえ、2019年に活動を再開。2020年に全体公演のツアーを始める予定だったが、コロナ禍に見舞われる。だが、この危機も乗り越え翌2021年へと延期された全体公演で「ワハハ」の健在ぶりをアピールした。
「まるで〝ヤメルヤメル詐欺〟ですよね」と〝オレオレ詐欺〟のように例えながら笑う。
だが、創設メンバーの一人として「ワハハ」存続とともに、劇団女優という枠を超え、お笑い界を代表するコメディエンヌとして、テレビやラジオなどに出続けてきた。
「自分が面白いと思う笑いは、どうすれば多くの人に届くのか?笑ってもらえなければ、すぐに違うお笑いを試す。ずっとこの繰り返し。それは自分との戦いでもあります」と語る。
幅広いメディアに出演し、また「ワハハ」以外の数多くの舞台にも立ってきたが、「やはり私にとっては『ワハハ』の舞台が主戦場。一番しんどいですが…」と吐露した。

コメディエンヌの素顔

そして、また新たな〝戦い〟が始まった。
6月22日、「ワハハ」の全体公演が東京・なかのZERO大ホールで開幕した。
タイトルは「シン・ワハハ」。
「〝シン〟の意味は、新たな〝新〟でもあり、真実の〝真〟でもあります」
大ヒット映画「シン・ゴジラ」や「シン・ウルトラマン」のパロディーのようでもあるが、「みんなを笑わせるために、いつもワハハのメンバーは全力で演じます」と強調した。
全国ツアーは7月29、30日に大阪・森ノ宮ピロティホールで開催されるなど、8月19日まで全国11カ所をまわる計17公演に及ぶ長丁場だ。
今回の取材時、実は違う舞台公演の真っ最中だった。
大阪松竹座開場100周年記念「垣根の魔女」で主演を務め、全国をまわっていた。
「座長の責任は重大で、絶対に穴を開けるわけにはいきません。40年以上、舞台に立ってきましたが、初めて大好きなお酒を断ちました」と打ち明け、こう続けた。
「昔は舞台が終わった後、仲間と朝方までお酒を飲んで、そのまま舞台に上がるという生活を続けていましたが、もう年齢も年齢ですからね。健康第一で気を遣っています。冷たい飲料水も飲まないように、常温や白湯にして飲んでいます」と静かに笑った。
昔から変わらぬ溌剌とした笑顔を見ていると若々しいままだが、今月、65歳を迎える。
「睡眠時間は7時間はとるようにしています。メジャーリーグの大谷翔平さんも、睡眠時間は大事だと言っていますよね」
舞台デビューから42年。以来、〝陽気なコメディエンヌ〟に徹してきた。だが、人に見せることのない顔がある。その一端はこんな素顔だ…。
「公演が終わって、夜、ホテルに戻るとアイデアなどを書き留めたノートを広げるんです。『もっと面白く演じるためには、どうすればいいだろうか?』と考えながら、公演に向けて準備をするんです」
大阪松竹座記念公演の前、3月は東京の明治座創業150周年前月祭「大逆転!大江戸桜誉賑」の舞台で時代劇に挑んでいた。
「今年は4つの舞台に立つんですよ。こんなに舞台が忙しい年は、これまででも初めてかもしれませんね」と振り返る。

『シン・ワハハ』で挑む新境地

「今年最後の舞台となる『シン・ワハハ』が正直、一番大変だと思っています。メンバーで共演するネタから、柴田理恵と私の二人によるネタ、そして私一人のネタ…。いずれも新作。メンバーみんなでアイデアを出し、稽古をし、本番ギリギリまでネタを仕上げていくんです」
演出は「ワハハ」主宰の喰始。1984年の創設以来、「ワハハ」の全舞台の作・演出を手掛けてきた。1969年に放送が始まった人気お笑いバラエティ「巨泉・前武のゲバゲバ90分!」で放送作家としてデビュー以来、日本のお笑い界を草創期から支えてきた重鎮だ。
「喰さんの求めるお笑いのハードルはいつも高い」と話す久本さんに「シン・ワハハ」の構想を少しだけ教えてもらった。
シャンソン歌手、越路吹雪のヒット曲「ろくでなし」に乗せて、鼻に詰めた豆を観客に向けて吹き飛ばす〝客いじり〟の芸で知られる〝梅ちゃん〟こと梅垣義明は盟友の一人だが、「シン・ワハハ」の中で「2代目梅ちゃん選挙」が行われるという。
「若手のメンバーから第2の梅ちゃんを選びます。でも2代目梅ちゃんになりたいという立候補者がいるのでしょうか?」と笑う。
すると今の梅ちゃんはどうなるのか?
「心配ないですよ。彼は今度は〝シン梅ちゃん〟になるみたいですから」
一体どこまでが、お笑いのネタなのか?
「さらに喰さんと親交が深かった漫画家、赤塚不二夫さんのキャラクターが登場する〝赤塚歌舞伎〟や、これまで人気の〝農村パフォーマンス〟の漁村版、〝漁村パフォーマンス〟も披露する予定ですよ」
新しいネタの構想を聞いているだけで吹き出しそうになるが、これが「ワハハ」が40年の間に築きあげた唯一無二の笑いの源泉だ。
「舞台がどうなるのか、その全貌はいつも喰さんの頭の中にしかない。役者はいつも試されている」と語る。一方で老舗劇団となった「ワハハ」が抱える課題も挙げた。
「若いメンバーは喰さんに認められたい一心で稽古しているようなところがある。でもそれではだめなんです。私や柴田は、いつも〝喰さんの求める笑いを越えてやろう〟と思ってやってきましたから」

60代は通過点

〝健康第一〟の話で名前が出てきた大谷翔平は先日開催されたWBCの決勝戦でメジャーリーグ選抜の米代表チームと戦う直前、日本代表選手に向かってこう宣言していた。
「今日はメジャーの選手へ憧れるのはやめましょう。勝ちましょう」と。
常に高い目標を持ってチャレンジし続けなければ道は開けない―ということを日本チームは世界一となり証明した。
「どの世界も同じではないでしょうか」と久本さんは言う。「垣根の魔女」の演出家、錦織一清さん(元少年隊)と話していて「喜劇が一番難しい。そして喜劇は奥が深い」と意気投合したという。
この話を裏付けるドラマのワンシーンが頭をよぎった。昨年放送されたサスペンス「インビジブル」で主人公の刑事を追い詰める悪役を久本さんが演じていた。普段のコメディエンヌとは真逆の、笑顔を封印した冷酷無比な表情はお茶の間を凍り付かせた…。そう伝えると、「自分では納得できる演技じゃなかったんですよ」と返してきた。お道化た表情で語る目の奥には「もっとできたはず…」と現状に満足せず悔しがるストイックさが垣間見えた。
「もうすぐ65歳ですが、70代も舞台に立っていたい。目標は生涯現役ですから」
来年の「ワハハ」結成40年はまだ一つの通過点に過ぎないようだ。

久本 雅美(ひさもと まさみ)
1958年生まれ。大阪市出身。A型。劇団ヴォードビルショーを経て、1984年にWAHAHA本舗設立。
舞台のほか、ドラマ、映画、MCなど、多方面で活躍中。

WAHAHA本舗全体公演
『シン・ワハハ』
演出:喰始
出演:久本雅美、柴田理恵、佐藤正宏、梅垣義明、大久保ノブオ、タマ伸也、ほか
日時:7月29日(土)15:00開演
   7月30日(日)14:00開演
会場:森ノ宮ピロティホール
料金:指定席 ¥8,800(税込)※未就学児入場不可
問合せ:キョードーインフォメーション
0570-200-888(11:00〜18:00 日祝休)
WAHAHA本舗公式HP
http://wahahahompo.co.jp/

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