1月号
神戸で始まって 神戸で終る ㉞
人を食ったような「人食いザメと金髪美女―笑う横尾忠則展」が22回目の展覧会だった。キュレイションは平林恵。彼女に言わせると、僕の作品には様々な「笑い」の要素が盛り込まれているという。別に笑わそうとか、笑ってもらいたいために描いているわけではない。ただ真面目腐った絵だけは描きたくない。むしろ、人間の本質にはどこか不真面目なところがある。社会に顔を向けようとするから、自分のためというより社会のために真面目を装うのである。実につまらない生き方だ。
それと平林は「緊張感ある画面への弛緩的な事物の導入や本来出会うことすらないモチーフ同士の組み合わせ、夢を思わせる不条理な場面設定、批評精神あふれるパロディなど、子どもの遊びのような無邪気さとシュルレアリスムの手法をあわせ持つ重層的な画面構成は横尾芸術の特徴といえるだろう」と論評してくれる。
そして「作品に散りばめられたユーモアやウィット、その構成する謎と毒に注目した」らしい。このことは僕の性格をそのまま説明しており、「謎と毒」とは嬉しいことを言ってくれますね。謎と毒は僕の作品に限らず、芸術にとっては不可欠な要素ではないかと思う。謎も毒もない作品なんて、どこにその作品の魅力があるのだろうか。なんだか花鳥風月の作品みたいで、ただ装飾的にキレイだというだけで、僕はやだなぁと思うけれど、謎も毒もある作品を嫌悪して、そういう作品を避けようとする人も結構多い。どんな人間も善悪の要素を持っている。片方だけの人はいない。その両者がミックスした時、そこに謎が表われ、それが何か毒花のように見えるのかも知れない。毒のある花こそ美しいというのは美の側面を差しているように思う。
本展の第1章は「仕組まれた謎」で、コラージュやデペイズマンの手法を用いた作品を中心に紹介している。「デペイズマン」という言葉は一般的には使用しないが、シュルレアリスムの一要素で、「本来の機能から逸脱して別の場所に位置転換することによって、そこに新たな美を発見するという美学の一種」である。かえって、僕の説明が難しくしてしまったかもしれないが、思わぬもの同士が思わぬ場所でぶつかって起こる「美」ぐらいに考えてください。竹に雀では当たり前だけれど、竹にコカ・コーラをつぎ木すれば、おかしいし変ですよね。まぁ、デペイズマンとはそんなもんだと考えてもらえればいいと思う。
「仕組まれた謎」は現実と虚構を織り交ぜた「壮大な物語」を会場内に流出したというわけで、僕は、大衆芸能と純粋芸術の間を行き来しながら「鑑賞者と共犯関係を結んで」芸術における高尚さを笑いましょうというキュレイターの意志だと思っていただきたい。それが第1章で、第2章は「挑戦する笑い」と題して、僕の作品の毒を含んだユーモアを検証したそうだ。例えば、僕のアンリ・ルソーのパロディ化した作品によって、元のルソーの作品から悪夢を表出したいたずら作品から、ルネ・マグリットの作品には江戸川乱歩の世界観を重ねて、横尾自身の物語と融合させて換骨奪胎してみせた、と平林は語る。
僕の作品の傾向として、名画の一部を僕の作品の中に引用して、自分と他人の作品の境界線をあいまいにすることで、第3のビジョンを創造できないかと危険な挑戦を試みることがしばしばあるが、この行為はオリジナル信仰に対する批評でもある。
次の第3章「伝統=創造=スーパー狂言」では、梅原猛さん原作、茂山狂言の皆さんのために制作した装束と美術などの資料約600点を10年ぶりに展覧会場で展示した。 社会を風刺する狂言の性質と環境破壊、クローン、核兵器といった現在進行形の問題を結び付けた作品を展示した。元々狂言はオリジナル衣装を作るようなことや美術装置はなく、あの能舞台が全てである。能や狂言は、余計なものを持ち込まない、全て想像の世界である。だから僕は、新しく衣装や小道具をデザインしたり、舞台美術を作ったことなどは全て、能や狂言のタブーを犯したことになったわけだが、何でも新しいものを作るという梅原さんの発想を、また茂山千之丞さんが全面的に受け入れ、あのような前代未聞の狂言が生まれたというわけである。
そんなタブー視した狂言をキュレイターの平林は、第1章の「絵画群と響き合うように配置して、時代やジャンルを超えた様々な出会いが新たな謎やおかしみを創出する展示空間」を展開したという。
終りになってしまったが、「人食いザメと金髪美女」という展覧会名のフレーズは、僕の出品作の一点をポスターに使用したことから、このような展覧会の題名がつけられたのではないかと思う。もし人食いザメが人を狙うとすれば、美人がターゲットになるのではないか?という実に無責任なビジョンを発想したもので、大義はありません。
美術家 横尾 忠則
1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞受賞。令和2年度 東京都名誉都民顕彰ほか受賞・受章多数。2022年3月に小説「原郷の森」(文藝春秋社)が刊行された。
横尾忠則現代美術館
http://www.tadanoriyokoo.com