11月号
神戸で始まって 神戸で終る ㉜
第20回展の「在庫一掃大放出展」は国内の美術館での個展に代表作が展示されるために、神戸の美術館から沢山の作品が貸し出されるため、在庫作品が手薄になる。そこで今まであまり展示されなかった作品にこの際、陽の目を当てようと企画された展覧会が本展である。
この展覧会を担当したのは学芸課長の山本淳夫さんで、あえて特定のテーマを設けずに、美術館を特売セール会場に見立て、受付監視スタッフはオリジナルの「SALE」法被を着用し、開会式にはちんどん屋(ちんどん通信社)が乱入するという演出を図った。
展示会場の壁面には手書きの作品解説を添付し、作品の脇には「よくできました」「もっとがんばりましょう」等の小学校で使用する評価スタンプを壁に直に捺印した。作家が自作をこのように評価するということは、かつて展覧会では絶対見ることはできなかったと思う。このような型破りの展覧会は、一見冗談半分のようでもあったが、論理より感覚を重視し、聖俗が不可分に渾然一体となった様子は、そのまま僕の作品にも通じ合うものがあるように思えた。会期中に展覧会でNHKテレビSWITCHインタビュー達人達『横尾忠則×瀬古利彦』のロケが行われたのは、僕は画家と言うよりアスリートに近い感覚で制作するので、マラソンの瀬古さんに来館いただいて、対談することになった。
またオープニングにサプライズ登場のちんどん屋は、僕の子どもの頃、大阪の親戚が郷里の西脇市に怪しげな手造りの石鹸を売るためにちんどん屋を連れてやってきたことがあったが、その会社が実は大阪の「青空宣伝社」であったことが、このちんどん屋通信社代表の林幸次郎さんが若い頃、修行していたという事実が判明したというエピソードによってわかった。担当の山本さんは「横尾研究の一頁に光を当てるエピソードになった」と大喜びしたようだ。
この展覧会のあとの第21回展は「大公開制作劇場」〈本日、美術館で事件を起こす〉と題して、かつて行った各地での公開制作で描いた作品を一堂に集めた展覧会で、オープニングに公開制作を実演することになった。公開制作の切っ掛けは、1980年初頭に画家に転向した時、アトリエがなかったために、美術館、テレビ局の通路、後楽園のボクシング会場、その他の場所を借りて制作することになった。公開制作を好んで行ったわけではないが、会場を借りる条件として条件が出された。それが公開制作だったというわけだ。
大勢の観客を前にして絵を描くということは、ある意味で見せ物として肉体を晒すことでもある。僕の背後には事のなりゆきを監視している人達の視線と想念を背に感じて絵を描くわけで、一種の強迫観念を一身に受けながらの制作である。だけれども、マイナス要因だけではなくプラスの働きが一層創作に拍車をかけるということもある。どういうことかというと、衆目に晒された肉体からは一切の思考が停止してしまう。つまり脳の機能が停止して、肉体に脳細胞が移って、まるでアスリートのような感覚至上主義的になってしまう。思考が停止することによって肉体はフル活動する。だからアトリエで、じっくり構えて描く行為とは全く別の働きを行うことになる。どう描こうかという気持ちは消えてしまって、気がついたら絵に描かされているのである。
この公開制作の体験を通して、今まで経験したことのない、自分でありながら自分でない、別の自分の存在に気づく。どちらかというと子供心に回帰したような、無邪気な子供の何の目的も持たないお遊びの境域にはまり込んでいく、何とも不思議な感覚に没頭する、そんな感覚を経験させられるのである。
公開制作を開始するようになってからは、地方の美術館での個展には必ず公開制作を要求される。公開制作を盛んに行っていた頃は、僕の絵のモチーフがY字路(三差路)が中心だったので、当地のY字路を取材して、それをモチーフに公開制作を行った。公開制作が次第にパフォーマンス化してきて、コスチュームプレイをしながら絵を描くようになった。Y字路は建物の風景であったり道路を描くことから、工事現場で働く作業員の格好や鳶職のコスチュームで仮装して制作するが、そのネーミングをPCPPP(Public Costume Play Performance Painting )と呼んだ。このように公開制作は益々演劇化していった。雨のY字路を描く時はレインコートに長靴のいでたちで絵を描くこともあった。
この「大公開制作劇場」展では、演劇の舞台になぞらえて、「第一幕」「幕間」「第二幕」と3つの章に分けて構成された。この公開制作は台本のない即興演劇であり、スリリングな事件の現場であると喩えた結果である。
本展のキュレイターの山本さんは公開制作という文脈においては、生み出された作品以上にその制作プロセスを明らかにすることが重要と考え、諸機関の協力のもと、制作時の映像や写真などドキュメントの収集と開示に努めた。会場では設立した壁面に記録映像を投影し、事件の現場を体験できる劇場のような空間構成を目指す展覧会として大変好評を得た。
美術家 横尾 忠則
1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞受賞。令和2年度 東京都名誉都民顕彰ほか受賞・受章多数。3月に小説「原郷の森」(文藝春秋社)が刊行された。横尾忠則現代美術館にて開館10周年記念展「横尾さんのパレット」を開催中。
http://www.tadanoriyokoo.com