3月号
神大病院の魅力はココだ!Vol.7 神戸大学医学部附属病院 リハビリテーション科 酒井 良忠先生に聞きました。
けがや手術、病後の社会復帰を手助けするリハビリテーション科。患者さん一人一人が戻るべき生活環境に合わせた医療を提供しています。診療科長の酒井良忠先生にお聞きしました。
―酒井先生ご専門のリハビリテーション医学とは。
「人間の活動を育む医学」と言われています。病気やけがなどで社会活動ができなくなり、家や病院、施設などに閉じこもって社会から疎外された状況にある人を元に戻すことを目的としています。
―歩行訓練の様子はよく目にしますが…。
単に動かなくなった手や足を動くようにするというわけではないんです。例えば、けがによって仕事ができなくなった患者さんが元の仕事に復帰するために、身体的・精神的能力や認知機能などをいかにして戻すか。戻せない場合でもいかにして社会的リソースを使って元に近づけるか。どんなサポートをするのが適しているのかなどを、リハビリ専門医、理学療法士をはじめ多職種のスタッフが相談しながら、一人一人の状況や環境に合わせたリハビリテーションを提供します。薬を処方したり、手術したりするのとはちょっと違う「究極のオーダーメイド医療」と言えるでしょうね。
―神大病院リハビリテーション科とは。
主に当院の入院患者さんが、ADL(日常生活動作)機能を少しでも高めて自宅に帰ることができるよう、そのためのサポートが私たちの役割です。
患者さんには、なるべく早くからリハビリテーションを始め離床を促します。日常生活で必要な動作を取り戻すためには、できる限り早くから始める方がいいのです。
―どんな病気の患者さんが対象ですか。
最も多いのはがん患者さんですが、整形外科や心臓外科、脳神経外科などなど非常に範囲は広く、生まれたての赤ちゃんから子ども、成人、高齢者まで、リハビリが必要と判断されるほぼ全ての患者さんです。
―「なるべく早く」というのはいつの段階からリハビリを始めるのですか。
特にがん患者さんのリハビリは「がんが見つかった直後から」と言っても過言ではありません。体を動かして筋肉や呼吸の機能を鍛えることで、手術や抗がん剤・放射線の治療効果を高め、合併症を減らすことができます。
―手術前からですか!?
寝たきりのまま手術を受け術後も寝たきりのまま過ごす患者さんより、手術前から体力を付け、さらに喫煙などの生活習慣を改善して手術を受けた患者さんのほうが確実に合併症のリスクは下がります。手術後、翌日から立って歩くという動作をした患者さんは入院期間も短くなります。
―手術後も「なるべく早く」なのですね。
ICU(集中治療室)に入った手術後の患者さんや重症患者さんも可能と判断した場合は、最低限「座る」という動作からリハビリを始めます。月曜から金曜まで毎日、リハビリテーション科と集中治療科の専門医、理学療法士、看護師、栄養士が回診し、どういうリハビリが可能なのかをカンファレンスをします。このICUリハビリは神大病院の先進的な取り組みの一つです。
―ICUでは安静にしなくてはいけないというイメージがあります。
もちろん安静が必要な場合もあります。しかし基本的に人間は動いているものですから、できるだけ安静にはならないほうがいいんです。安静は楽ですが、足腰が弱って大変なことになります。
―歩くことは大切なのですね。たとえ、がんになっても。
日中の活動時間のうち半分はベッドから離れて生活ができないと、抗がん剤治療の適用基準から外れてしまうことがあります。ですから、寝たきりになるわけにはいかないのです。がん患者さんには元気に歩いて通院し、可能な限りの治療を受けてもらわなくてはいけません。そして、みんなと同じように仕事もする。がんになってしまったら病室で点滴を受けながら最期の時を迎えるしかない、そんな時代は終わりました。今は、がんと共に生きる時代です。
―患者さんに理解してもらうのは難しいこともあるのでは。
「しんどいのにスポーツジムみたいなことをやるの?」と思う患者さんもおられるかもしれませんね(笑)。しかし高齢化社会で手術を受ける患者さんも高齢の方が多くなり、体力が衰えていますからリハビリの必要性はさらに高まっています。主治医の先生方にもよく理解いただいていますので、専門医や理学療法士と一緒に根気よく説明して進めています。
―どこの病院でもがんリハビリは取り入れられているのですか。
がんリハビリは保険適用が認められ、かなり社会に浸透してきましたが、まだ「どこの病院でも」という状況ではないようです。「社会復帰する」ためのがんリハビリから「緩和ケアを見据えて、介護する人の立場まで考慮する」ためのリハビリまで。ここまで積極的に取り組んでいるのは神大病院の魅力の一つだと思います。
また、がんの手術が決まった患者さんにポートアイランドの神戸大学医学部附属のICCRC(国際がん医療・研究センター)リハビリテーション室に2週間入院してもらって、集中的にリハビリと生活習慣指導を受けてもらうという研究を兼ねた体制も整え始めています。
―神大病院の整形外科はスポーツ選手もたくさん受診し、手術もしています。スポーツリハビリにも取り組んでいますね。
神戸大学は野球やサッカーのチームドクターをいろいろ務めていますからね。手術後のスポーツ選手は日常生活ができるというレベルをはるかに超える、高いレベルでの機能回復を求めます。スポーツ担当の理学療法士は、リハビリ専門医や主治医の指示に従って、整形外科医の手術の成功に大きく貢献しています。人員が十分というわけではないにもかかわらず、理学療法士たちが高い意識を持ってがんリハビリやスポーツリハビリに取り組んでいる。これも神大病院の大きな魅力です。
酒井先生先生にしつもん
Q.日頃、心掛けておられることは。
A.怖い顔や深刻な顔で患者さんに接することのないよう気をつけています。不安な気持ちでいっぱいなのに、私も怖い顔でお話ししたらますます不安になりますよね。深刻にならざるをえない場面も多いのですが、だからこそ「ほがらか」「にこやか」を心掛けています。
もう一つは患者さんのニーズを聞くこと。エビデンスがあり私たちが「これがいい」と思うものがあっても、「それで本当に患者さんはハッピーなのか?」と考えます。どんなことを大切にしているか、どんな生活を送りたいか。私ではなく、決めるのは患者さん自身です。そこに齟齬があるとしたらすり合わせをしながら進めるようにしています。
Q.酒井先生はなぜ医学の道を志したのですか。
A.高校2年生のとき、母が手術を受け入院しました。家族はとても困って、みんな落ち込んで暗くなってしまいました。「早く元気に帰って来てほしい」という思いが、医学部進学を目指すきっかけになりました。まわりに医者は一人もいない家系ですから「医学部に行く」と話すと、両親は困惑(笑)。結果的に、患者さんのADLを回復させて自宅に帰ってもらうリハビリテーション科の専門医として初志貫徹できて、今では両親も喜んでくれています。
Q.気分転換の方法は。
A.自分が食べたいものを、自分で作ること。スーパーへ行って買い物をしたり、たまに旬の食材を頂いたりしたら、レシピを検索します。主にクックパッド。メジャーやスケールできっちり材料を量り、時間もタイマーをセットして、レシピ通りに作り、最後は自分好みに味を調えます。以前は普通にしていたジムでの気分転換も控えているので、いま一番の楽しみは食べることですね(笑)。