2022年
3月号

僕の幸せは僕のピアノを聴いてくれる人がいること

カテゴリ:文化・芸術・音楽, 文化人

ピアニスト
辻井伸行さん

3月は新潟、横須賀、西宮、大阪、4月は香川、松山…。その先も全国各地での公演が続く、辻井伸行さん。
「生の音楽」を届けることを大切に活動される辻井さんに、「生の言葉」をお聞きしました。

西宮、大阪での演奏曲目のはなし

-兵庫県立芸術文化センターでは、チャイコフスキー「ピアノ協奏曲第1番」。辻井さんにとってどんな曲ですか。
 母のお腹にいる時から聴いていて、その頃から好きだったようです。ピアノを始めてからは、早く弾けるようになりたい!と憧れていたので、初めてオーケストラと演奏した時の気持ちをよく覚えています。本当に、本当に、すごく嬉しかったです。これまで数えきれないくらい弾いていますが、ホールやピアノ、一緒に演奏するオーケストラ、指揮者によって音も弾き方も変わるので、毎回新鮮です。同じ曲を弾いていても同じ演奏になることはないので、弾いた数だけの思い出があります。
 佐渡裕さんと録音したことは嬉しい思い出です。CDという形に残るお仕事は、コンサートとは違う嬉しさがありました。佐渡さんとは小さい頃に出会ってから、変わらず仲良くしてもらっています。いつかまた共演できたらいいな、と思っています。

-ザ・シンフォニーホールでは、ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」ですね。
 2009年のヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールの決勝の舞台で演奏した曲。人生の転機となった曲です。
 ラフマニノフは、交響曲第1番の初演で大失敗して作曲ができなくなり、数年後、この協奏曲第2番で復活したそうです。そのエピソードを知ってから、この曲への理解が深まった気がします。僕は特に大失敗はしていないのですが(笑)、この曲で人生が変わったことで気持ちが重なっていて、弾く度にいろんなことを考えます。これからもずっと大事に演奏していきたい特別な曲です。

ピアノのはなし、あれこれ

-休日は、音楽、聴きますか?
 もちろんです。最近は、ジャズピアノを聴いていることが多いかな。ビル・エバンスが、すごく好きです。なんか好き。魅かれます。なんでだろう。音色がキレイで、曲を聴くという前に、音を聴いているだけで心地よいです。
 小曽根真さんのピアノも聴きます。コンサートでご一緒した時には多くの刺激をもらいました。演奏が魅力的で、いつも楽しい方。すごいなぁと思うし、作り出す音楽だなぁと思います。
 実は、ジャズの道に進もうか迷ったことがあるんです。曲を作ることが好きなので、音楽を作り出す面白さがあるのはジャズだなぁと思って。悩みに悩みましたが、最終的には自分にあっているのはクラシックだと思いました。

-将来ジャズピアニストになることも?
 まだ、そこまでは…(笑)。ずっと先のことはわからないけれど、今はクラシックで勉強することがまだまだあるので。弾きたい作品がきりなくあるし、それには勉強しなければいけないから、ジャズまで行かないかもしれません。

-ピアニストとしての理想像はありますか。
 マルタ・アルゲリッチは現在80歳ですが、すごく情熱的で、歳を重ねるごとに技術が磨かれて、表現に深みがあるすばらしいピアニストです。僕はまだ若いけれど、まぁもう若くないけれど(笑)、彼女のように歳をとっても情熱の部分は衰えることなく、今よりもさらにいい演奏をしたいと思っています。
 歳をとらないと、できない演奏ってあると思うんです。僕のことで言うと、20代には練習してもできなかった表現が、ちょっとできるようになった気がしています。演奏に少しは深みが出てきたかな。少しですけれど。

-歳をとらないとできない演奏に対し、若い頃にしかできなかった演奏もありますか?
 若い頃の僕は、けっこう勢いがあったと思います。その頃の僕には、必要な力でした。今は当時の勢いはなくなったかもしれませんが、それはマイナスではなく、当時足りなかった力はつけてきているのでプラスと考えたいです。

-演奏に深み。そこに向かうためにどんなことを意識していますか。
 僕にとっては「体験する」ことかもしれません。海外では、作曲家が住んでいた町を歩いたり、家に行ったり、ピアノを触る機会を頂くことがあります。「こういう部屋で曲を作っていたんだな」「こんな街に住んでいたんだな」と感じることは、自分の表現につながっていると思います。
 今のピアノって進化しているんですよ。鍵盤の数は多いし音に厚みがあります。バロックから近代、現代と曲を弾いていると、ピアノの歴史もわかりますが、実際に弾かせてもらったことでイメージが広がりました。当時の楽器を知ってから、特にバロック時代の曲は演奏が変わりました。全然違ってしまったかも。

演奏の思い出は、緊張と幸せと

-世界中のホールで演奏していますが、忘れられない場所は?
 ひとつだけ選ぶのは難しいけれど…。コンクールから2年後のカーネギーホールです。ものすごく緊張してしまって。普段も緊張しないわけではありませんが、その日はもうレベルの違う、コンクール以来の緊張です。あまりにピリピリしていて、まわりの人が近づけなかったそうです。アメリカのコンクールの優勝者として、アメリカのホールで絶対失敗はできないと思っていました。そればかり考えてしまって。プレッシャーでしょうね。でも、弾き始めたら曲にスーッと入り込むことができて、お客様が温かく聴いてくださっているのが伝わってきて、嬉しくなりました。これからもカーネギーでの体験はずっと心に残ると思います。

-緊張するんですね。
 本番前は「早く弾きたい」「早くピアノの前に座りたい」という気持ちが強くなって、それが僕の緊張みたいです。一音、ぽんって音を出したら、いつもの自分に戻って、演奏に集中できます。それまでは、落ち着かないです。でも、練習の時にはない緊張感があるから、練習よりいい演奏ができると思って、受け入れています。
 
-ツアーは楽しんでいますか。
 地元の美味しいものを食べることがツアー中の楽しみです。関西はお好み焼きとたこ焼きが本当に美味しいですし、神戸では神戸牛と穴子。お肉もお魚も好きです。
 それから、天気の良い日は散歩をします。演奏の前に、街の空気を感じておきたいから。行ったことのない街がまだまだありますから、これからも知らない場所にどんどん行ってみたいです。
 
-今、幸せだと感じるのはどんな時?
 コンサートができない時期は、違う形で音楽を発信したけれど、僕はお客様と同じ場所で音楽を共有することが好きなんだと思いました。たくさんの拍手を頂くと「音楽をやっていてよかった」と幸せな気持ちになります。今、「ブラボー」はないけれど、その分、拍手に気持ちを込めてくださっているのが伝わってきます。僕だけでなく、お客様も同じく幸せな気持ちになっているといいなと思っています。
 最近はSNSで心のこもったメッセージをいただくこともあり感激しています。僕も音に心を込めてメッセージを届けたいなと思っています。また生の音楽を届けに来ます。

神戸・松方ホールにて。

辻井伸行(つじいのぶゆき)

1988年東京生まれ。幼少の頃よりピアノの才能に恵まれ、98年、10歳でオーケストラと共演してデビューを飾る。2000年にはソロ・リサイタル・デビュー。05年には、ワルシャワで行われた「第15回 ショパン国際ピアノ・コンクール」に最年少で参加し、「批評家賞」を受賞した。2009年6月に米国テキサス州フォートワースで行われた第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールで日本人として初優勝して以来、国際的に活躍している。

3月の公演情報

辻󠄀井伸行の挑戦 2022.03.20(日) 14:00開演

チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番 [ピアノ: 辻󠄀井伸行]
ラフマニノフ:ヴォカリーズ
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番[ピアノ: 辻󠄀井伸行]
東京フィルハーモニー交響楽団 指揮:梅田俊明
会場:ザ・シンフォニーホール

圧巻のチャイコフスキー 2022.03.21(月) 14:00開演

チャイコフスキー:スラヴ行進曲
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲[ヴァイオリン:三浦文彰]
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番[ピアノ:辻󠄀井伸行]
東京フィルハーモニー交響楽団 指揮:梅田俊明
会場:兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール

チケット発売中 ABCチケット インフォメーション TEL.06-6453-6000

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