6月号
和紙とガラスの向こうに アートの未来を透かし見る
江藤徳晃さん・惠美さん
去る4月15日から5月9日にかけて、六甲サイレンスリゾートで展覧会「和紙 伝統と未来」が開催された。スイス出身神戸在住のキュレーター、大熊ジャクリーンさんによる企画で、2室あるギャラリーにそれぞれ伝統、未来というテーマを設定。前者では徳島県で受け継がれてきた拝宮和紙の唯一の担い手、中村功さんによる職人としての卓越した技術にアーティストとしての鋭利な感性を融合させた作品が展示された。
そして後者では江藤徳晃さん・惠美さん夫妻にフォーカス。まず可憐なドレスが目を惹く。なぜドレス?と戸惑うが、よく見ると和紙の材料となるコウゾの繊維で骨組みをつくり、そこに和紙を漉いていくという斬新な手法だ。ほかにも土偶ならぬ「紙偶」のランプ、和紙の帽子など和紙アーティストとして活躍する惠美さんの作品は固定概念を超越し、夫婦コラボによるオブジェ作品は未来的だ。
徳晃さんの父は神戸と縁の深い建築家、江藤暢英氏。神戸出身で、後に人間国宝となる近藤悠三が教鞭を執っていた京都市立美術大学(現在の京都市立芸術大学)陶磁器科に入学。在学中にニューヨークの美術大学に留学し、世界的彫刻家にして庭園やランドプランも手がけたイサム・ノグチに師事するとともに、アメリカの建築、特にバックミンスター・フラーの先鋭的な作品と思想に感銘を受け、帰国後、京都工芸繊維大学で建築を学ぶ。卒業後は竹中工務店へ入社し国内外で手腕を発揮、サンヨー館など大阪万博のパビリオンにも関わる。ホテル日航大阪の主任設計を最後に独立、建築ではにしむら珈琲北野坂店や御影店、ホテルアナガほか、空間デザインでは小原流豊雲記念館展示室などを手がけ、六甲山の使われていない保養所の活性化にも尽力した。
そんな偉大な父のDNAを受け継いだ徳晃さんは、インテリア空間のクリエーター。幼い頃から海に親しんだ経験から水のように透明で融通無碍に変化するガラスという素材に惹かれ、22歳の時、父のニューヨーク時代のルームメイトだった世界的ガラスアーティスト、トーマス・パッティ氏を訪ねその薫陶を受ける。その後、ヨーロッパ諸国を歴訪し各地でガラスの文化に触れて感性に磨きをかけた。帰国後は父のアシスタントとなり、程なくインテリア空間におけるガラス装飾のジャンルで才能を開花させ、リッツカールトン東京のトップバーを彩るオブジェ、シスメックス迎賓館のガラスパネル装飾など多彩な仕事を成し遂げている。
一方の惠美さんは大学卒業後、建築空間における和紙アートの第一人者、堀木エリ子氏のもとで研鑽を積んだ。
そこで運命の糸が絡み合う。暢英氏と堀木氏は仕事のパートナーで、徳晃さん・惠美さんはそれぞれのアシスタントとして現場で知り合い、結ばれた。
扱う素材の違いこそあれ、アートとものづくりという共通項が絆を深め、生活の中に自ずと創作という仕事が存在する中で、お互いの感性とアイデアが化学変化を起こす。その象徴は、展覧会のオブジェ作品だ。天使の羽のようでも、貝のようでもある意匠は、3Dプリンターをベースとしている。徳晃さんは10年ほど前から3Dプリンターをイメージ具現化の〝道具〟として駆使し、人間の手で成し得ない新たな芸術の領域へ。まさに棟方志功の言葉「機械は新しい肉体」の実践だ。六甲に自生する紫陽花「七段花」をモチーフにした繊細なデザインの和紙ベースも3Dプリンターならでは。
二人は今後、エコをテーマに活動を進めるという。それはガラスや和紙、3Dプリンターの大豆由来の樹脂といった自然由来の素材を用いた創作の領域にとどまらず、クラフトビールの絞りかすを使用してお菓子を開発し、それを障害や難病がある人たちのために就労継続支援作業所で製造するという事業にも挑んでいる。
イサム・ノグチはガラスのピラミッドを設計し、和紙の照明を編み出した。暢英氏は師と同じ素材を手に未来を切り拓く息子夫婦の奮闘を、天国から温かく見守っていることだろう。精神は、確と受け継がれている。
株式会社アトリエ・テクノフォルム
本年秋にはまた新たな挑戦で神戸ファッションミュージアムで展覧会を予定。