6月号
神戸大学医学部附属病院整形外科 第2回 スポーツ傷害「野球肘」のはなし
野球が大好きで野球に打ち込む子どもたちには、ずっと野球を楽しんでほしいですね。そのために大切なことは?
美舩泰先生お聞きしました。
―野球肘とはどんな症状をいうのですか。
「野球で肘が痛くなった」という患者さんを「野球肘」と診断します。いくつもある病名の総称です。
―肘に何が起きるのですか。
損傷の場所によって内側型・外側型・後方型に分かれ、最も多いのが内側型です。
ボールを投げると肘が外側に反りそのストレスが内側にかかります。繰り返していると骨が強い大人は靱帯を傷めてしまいます。手首の長掌筋を使う靱帯再建術の技術が進歩し、かなりの確率でまた野球ができるようになります。最近では、大谷翔平選手が3年ぶりに完全復帰していますね。
骨が柔らかい子どもの場合は成長途中の骨が傷みます。「成長線」と呼ばれる骨端線は軟骨でできていて、この線から骨が剥がれ落ちる骨端線離開を起こします。この部分は、高校生になるころしっかりとした骨になります。
―野球は続けられるのですか。
内側型はそれほど重篤な状態にはなりません。最も怖いのが、将来野球ができなくなるほどの後遺症が残る可能性がある、外側型の離断性骨軟骨炎です。肘の外側の骨が投球の度にぶつかり合い、次第に上腕骨の小骨が傷んできます。初期段階であれば練習を一定期間休むことで回復します。
しかし残念ながらこの段階では症状が出ないため、肘を使い続けていると軟骨が剥がれて関節内をウロウロし始めます。野球ができなくなる、ということにもなりかねません。
―どうしたらいいのですか。
大切なのは無症状でも検診を受けること。
神戸では2017年から、少年野球チームやシニアリーグの指導者に声をかけ、所属する子どもたち全員を対象に定期検診を実施しています。アシックスさんのご厚意で提供いただいているポートアイランドの体育館に、整形外科医をはじめボランティアスタッフが集まります。エコー検査、保護者向けのレクチャー、野球経験のある理学療法士さんの投球指導やリズムトレーニングほか、モーションセンサーを使うちょっと面白い実験など交えています。
―大切なのは早期発見ですね。
離断性骨軟骨炎の初期段階を発見したら受診案内をお渡しします。ところが、練習を休みたくない、試合に出たいなどの理由で受診をしない例もあります。症状が出始めるころには手術しか治療方法がなくなってしまいます。将来の夢だけでなく、これからの長い人生に関わることですから、きちんと受診して適切なアドバイスを受けてください。保護者、指導者の皆さんにもぜひお願いしたいと思います。
―甲子園球児の検診もされていますね。
甲子園出場前のピッチャーは検診が義務付けられています。出場校は各々地元で受けることが決まっており、神戸阪神間の出場校は神戸大学で実施しています。結果に沿って、試合に出るにあたっての注意や今後のアドバイスを本人と指導者に伝えています。
―美舩先生はオリックスのチームドクターですが、野球少年だったのですか。
実は野球経験は全くないんです。アメリカ留学から戻り、大学で上肢を専門として研究、治療をするようになると突然、チームドクターを命じられ(笑)。野球の勉強も始めました。スポーツは好きですから、ほっともっとスタジアム神戸での試合を当番制で担当したり、キャンプを訪問したり、トレーナーのケアを受けている選手たちのそばで必要な時にはアドバイスをして、時には雑談などもして、楽しいですよ。
野球の投球モーションは足で踏み込み、支え、胴体をひねり、その遠心力で肩・肘・手をムチのように振り出すので、全身に関わります。今ではどの部分にどんな痛みが起っても、選手の治療には自信があります。猛勉強しましたから(笑)。
―最後に、シニア世代のスポーツについてアドバイスを。
健康寿命は筋肉量次第ともいわれています。「急に膝が痛くなった」と外来を受診される40歳前後の患者さんが多くおられますが、既に筋肉量が減り関節に負担がかかり始めているのです。
筋肉は100歳になっても増やせます。遅すぎるということはない!自分に合ったスポーツを無理せず、今すぐ始めましょう。