2020年
9月号
9月号
Tadanori Yokoo|神戸で始まって 神戸で終る ⑧
「あんなあ、君、新聞会館の谷さんいう女の娘、知ってるか?」
と岡井さんがひそひそ声で、何やら秘密の話を漏らすような口ぶりで話した。
「いや、知らんけど、それがどないしたんやいうの?」
岡井さんは、テーブルの上のコップを手にして一気に水を飲んだ。なんとなくソワソワして、落ちつきのない岡井さんだ。
「あのなあ、僕、兵庫駅のホームで電車を待ってたんや、そしたらなあ、ひとりの女の子から話し掛けられたんや」
「へェー、それで、なんかええことあったんか?」
岡井さんのおのろけを聞かされる羽目になった。
「違う、違う、僕と違うんや。」
「それで、どうしたんや?」
「実はやな、その娘が、結論から先きに言うけれど、横尾君を紹介してくれませんかと言うたんや。僕と君がいつもくっついて館内をうろうろしているのを見とったらしいんや、せやから、紹介して欲しいと言うんやけど、どないする?」
「どないするゆうたかて、どんな娘や、名前も知らんし」
「あのなあ」と言って岡井さんはその娘の容姿などを話し始めた。
「僕としても気になる話やけれど紹介されても興味のない娘やったら困るなあ」
美術家 横尾 忠則
プロフィール
よこおただのり 美術家。 1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞、小説「ぶるうらんど」で泉鏡花文学賞、「言葉を離れる」で講談社エッセイ賞受賞。現在、横尾忠則現代美術館にて「兵庫県立横尾救急病院展」を開催中。2020年6月02日 (火) 〜 8月30日 (日) まで会期変更
http://www.tadanoriyokoo.com