2020年
5月号
5月号
Tadanori Yokoo|神戸で始まって 神戸で終る ④
神戸新聞会館は国鉄三宮駅と直角に建っていた。駅のホームに立つと新聞会館の側面には巨大な岡田紅陽の富士山の写真が巨大なタイル壁面になって目の前に岩壁のように突っ立っていた。なんで神戸に富士山なのか理解に苦しむが、とにかく目ざわりな壁画の富士山なのである。
また新聞会館と三宮駅は地下の商店街の通路で結ばれていたが、通路の利用者は新聞会館に用のある人間しか通らないので、いつも人はまばらだった。だから通路に面した数軒の商店は繁盛しているようには見えなかった。地上は新聞会館と三宮駅の構内を結ぶだだっ広い広場になっていたが、やがてこの空地は新聞会館に来る観光バスの駐車場になった。開館当時は県下の各地から来る見学者でいつも建物の周囲には人が溢れていた。見学者の大半は神戸新聞社の地下の輪転機からロールのまま、新聞が刷り上がっていく風景を物珍しそうに眺めていた。僕がこの工場内を見たのはたった一度だけだったが今だにその印象は残っている。見学者の見る所はここぐらいしかなかった。あとは一階のショッピングフロアーぐらいで、デパートの売り場の方がよほど商品の数も充実していた。大半が女性を対象にした商品で、僕は店内を一、二度散策したことはあったが、男が店内をウロつくのには抵抗があった。
美術家 横尾 忠則
プロフィール
よこおただのり 美術家。 1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞、小説「ぶるうらんど」で泉鏡花文学賞、「言葉を離れる」で講談社エッセイ賞受賞。現在、横尾忠則現代美術館にて「兵庫県立横尾救急病院展」を開催中。(5月10日まで)
http://www.tadanoriyokoo.com