5月号
「神戸で落語を楽しむ」シリーズ 日本人もアホなこと言うんやで
落語家 三代目 桂 小春團治 さん
本物の落語を世界へ
─小春團治さんといえば、Newsweek誌「世界が尊敬する日本人100」にも選ばれる海外での落語活動が有名ですが、きっかけは。
海外に落語を紹介したいとか、そういうのとは違ったんですよ。小春團治を襲名した1999年に大阪で音楽劇に出まして。その時に、俳優として出演していたイギリス人が、スコットランドで開かれる「エディンバラ・フェスティバル」に出てみないかって。
いたるところに簡易の劇場ができて1ヶ月ほど街が祭り一色になり、人口が倍ほどに膨れ上がるイベントと聞いておもしろそうやなと。参加するなら、やっぱり落語で、思ったのがきっかけです。
─英語で落語をされたのですか?
30数年前、英語落語のカセットも出していたのですが、稽古して日本人の耳に流暢に聞こえても、ネイティブの人には片言に聞こえるのと違うかって疑問がありまして。本場のシェイクスピア劇の日本公演が、片言の日本語なら本物を見たことにはなりませんよね。
せっかく海外で落語をするなら、本物を見せたい。イヤホンガイドを付けた同時通訳も考えましたけど、通訳する人の表現力にものすごく左右される。一本調子で訳されたら、私らが舞台で表情豊かに演じてもおもろない。そこで字幕はどうやろうと思ったんです。映画館で洋画を字幕で見ながら笑ったり泣いたりできるなら、落語でもいけるのとちがうか。大阪弁の言葉のリズム感も伝えられる。本物の上方落語を海外の人に字幕付きで見てもらおうと思ったんです。
世界初!字幕で落語
─画期的ですよね。
誰もやったことないからね。字幕をどうやって出そうか、笑ってもらえるのか。やってみないとわからないことばかりで。
ポジフィルムのスライドは枚数が多くなりすぎます。パソコンを使ってビデオプロジェクターで写すのも当時は大きな装置で一般的じゃない時代。それでも実験をしていたら、コンパクトな液晶プロジェクターが出始めて、それでいこうと。
落語家はひとりですが、上方落語は三味線と太鼓、の鳴り物が入るのが特徴。できるだけ本物を聞いてほしくて、3名での渡航を考えていました。そこへ字幕の操作をする人が必要になり、4人で参加することに。渡航費と10日ほどの宿泊費や活動資金は色々な方が助けてくださいました。なかには商店街をあげて応援してくださった町も。
太鼓や字幕のためのノートパソコン、座布団、毛せんやら何もかも手持ちで旅して。ロンドンからエディンバラまで飛行機代を節約して列車で4時間半。ホテルも高くて泊まれないから、アパート借りて自炊の共同生活でした。
─落語って言葉は海外にはないですよね。
ないですね。立ってやるスタンドアップコメディーという漫談や漫才スタイルはあるんです。でも、物語で最後にオチがあって1人で何人も演じて、小道具は扇子と手拭いだけで色んな物に見立てるなんて芸は他にはありません。だから、座ってやるコメディーなので「スタンドアップコメディーに飽きたなら、シットダウンコメディーはどうだい?」みたいなキャッチフレーズでやりました。
宣伝する媒体はチラシしかありませんから、海外の人に訴求するために京都在住のアメリカ人デザイナーにお願いしたんです。演目は「お玉牛」という滑稽噺。村一番の美人のお玉ちゃんを誰が口説くか話題のなか、ひとりが鎌でお玉ちゃんを脅します。泣いて帰るお玉ちゃん。親は寝床にお玉の代わりに牛を寝かせて夜を待ちます。忍び込んできた男は牛とは知らずに…。
パントマイム的な要素があるから、字幕ばかりに目がいかないネタです。
そんな説明して出来上がったチラシは、村娘や言うてるのにどう見ても花魁。背中に龍の刺繍の打ち掛け着ているし。横に牛もおれば、ちょんまげ結った男もいるんですけどね。日本人からしたら頭抱える、これぞジャパネスクみたいな。でも、インパクトがあるから結構興味をもってもらえたんですよ。
アホやスケベは世界共通
─観客は来てくれたんですね。
エディンバラ・フェスティバルって、1カ月ほどの期間中に200カ所くらいの劇場で2000種類もの公演があるんです。スタッフに聞くと平均観客数8人くらいで0も珍しくないんやそうですけど、初回で15人ほど来てくれまして。その後も、現地の新聞に写真付きで大きく報道され、最終日には100席満席となりました。
おかげで次の年は、イギリスの日本大使館から他の都市へもと依頼を受けたり、ドイツのプロデューサーからベルリンの芸術祭へのオファーをいただいて。さらに次の年にはブルガリア・ベルギー・ノルウェーと3カ国回って。韓国やトルコにも招待され、落語家初となるニューヨーク国連本部での公演など、世界中に広がっていったんです。その国の言葉を字幕にするので英語圏以外でも大丈夫ですから。
ほとんどの国での反応が「日本人ってこんなアホなことも言うんや」なんです。どこの国にも日本人はいますが、ほとんどが駐在員でしょ。グレーか紺のスーツで眼鏡かけていて、夜遅くまで仕事して納期はきっちり守るけど冗談ひとつ言わない。これが当時の日本人のイメージです。
海外でのイメージは能や狂言、歌舞伎のような様式美が古典だと思っていて、日本人も外国人にキレイでいいものを見せようとするでしょ。古典でありながらコメディーという落語の世界は想像になくて、来てくれた人はみなビックリですよ。日本人ってこんなアホなこと、スケベなこと言うんや。自分たちと一緒やと、身近に感じてもらえたようです。
─落語を知らない海外で演じてきたから言えることってありますか?
食べず嫌いなんですよ、日本人は。落語は、おじいさんが着物着てしゃべって古くさいというイメージがあるみたいで、「日本人ですけど、ケルンで生の落語を初めて聞きました」なんて話をよくいただきます。日本にいた時は聞いたことがなくて、たぶんずっと日本にいたら聞いていない。「私に落語がわかるかな」って思うみたいですね。歌舞伎とか能は和装で着飾って行くでしょ。日本語でしゃべっているはずやのに、何を言っているかわかりづらい。落語も古典芸能だから格式とかも同じように思われていてるのでしょう。「落語ってこんなにわかりやすいんや」ってなると、もっと来てもらえるんでしょうね。
神戸新開地・喜楽館
TEL.078-576-1218
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(新開地商店街本通りアーケード)