9月号
観光鼎談 ふたつの ルレ・エ・シャトー
神戸と松本の名門フレンチ
―フランスに本部があり、最上質のホテルのみが加盟できる世界的権威の認定組織「ルレ・エ・シャトー」。日本では11軒のホテル・旅館が認定されていますが、その中に神戸北野ホテル(神戸市)と、明神館(長野県松本市)も認定されています。
ルレ・エ・シャトーに認定された誇りや、継続していくご苦労はありますか。またどの点が評価されたと思われますか。
齊藤 明神館のある扉温泉は、八ヶ岳中信高原国定公園のふもとにあり、その自然環境の良さが何よりも一番だと思っています。次第に道幅も狭くなり、最後は車がすれ違うのも難しくなるほどの山の中にあるので、視察のためにフランスの方が来ると、フランスの田舎を感じられるのだと思います。
山口 どう楽しんでいただくか、を大切にしています。私たちはオーベルジュというスタイルでやってますから、長時間どう楽しんでいただくかは、従業員ひとり一人の意識が高くなければなりません。玄関を入ってからも含めての料理です。環境面では、神戸には海と山を両方楽しんでいただける落ち着いた市街地という全国的にも珍しいロケーションがあり、神戸の人は馴れてしまっているのですが、東京から来た人の方がそんな「神戸らしさ」を感じてもらえるようです。
齊藤 ルレの場合、毎年知らないうちに本部が視察・調査に来られているようなので、いい緊張感が保てますね。スタッフは、あまり背伸びをすることなく、人が人をおもてなしするときの基本的なサービスを心がけていますが、その点も評価をいただいているようです。
―お料理について、地産地消やオーガニックなど、特に気を使われている点は?
田邉 明神館には自家農場があり、毎日スタッフが収穫しているのですが、自分たちが育て収穫した野菜、またこんな産地のこういった農家の野菜を使っているといったような、「背景」を出せるような料理を提供していきたいと思っています。料理とは施設やスタッフ、物語を含めて表現されるものだと思っています。
山口 私がフランスから帰国した当時は、フランスの食材を使ったフランス料理が主流でした。しかし、今はフランス料理もお客さんも変わってきています。神戸で食べるフランス料理、松本で食べるフランス料理、それぞれ異なるからお客さんは面白いんです。本当に新しい時代に入りましたし、でも、今後もっと変わっていくと思いますよ。
田邉 私たちの世代は、最初にフランスに行った先輩たちがいるからこそ、ここに立っていられるのです。そういった経緯を踏まえながら、私が求めているフランス料理は、土地や人とつながっている、地産地消の料理でなければと思っています。
―山口さんは、今年4月にベルサイユ宮殿で行われた「世紀の晩餐会」で世界60人のシェフに選ばれました。この晩餐会は、フランス料理がユネスコ無形文化遺産に登録されたことをお祝いする催しでした。
山口 それも、「私が」ではなく「日本のフランス料理」が認められたからだと思っています。私が参加できたのは、先輩たちが積み上げてきたものがあったからです。先輩たちへのオマージュとして、また、次の世代へのメッセージとして、さらに神戸からのメッセージという思いも込めて参加してきました。東日本大震災に対して、ルレ・エ・シャトーからも収益の一部が寄付されることになりました。参加させていただいたことは、意義深かったと思います。
―明神館は温泉も魅力ですが、どう活かされていますか。
齊藤 温泉は商品の一部です。しかし温泉そのものの効能は一泊二日だとほとんど得られないそうです。身体に揺さぶりをかけストレスを軽くする程度の効能は期待できるようですが、それでも住んでいる地域から100km以上離れた自然環境でなければ温泉の効能は発揮されないといわれます。ですからいかに温泉を取り巻くストーリーを作るか、食事と環境、トータルの魅力を打ち出していかなければならないと思います。
山口 私はまだおうかがいしたことがないのですが、料理も施設も、環境を活かされている雰囲気が写真から伝わってきます。近いうちに必ず明神館を訪れたいと思います。
―これからの神戸北野ホテル、明神館、それぞれの企画や方針、抱負などを教えて下さい。
山口 私が常に実践しているのは自己否定なのです。いままでやってきたことが、いまも正しいのかを常に問うようにしています。私がフランスで学んだ時から、いままでに料理の世界は常に変化しています。
料理は文化ですが、そのなかにサイエンスがなければ文化は残りません。例えばサイエンスがあれば、これまで6時間かかっていた料理が45分で同じ味で出来上がることもあります。さらに熟練者でなければできなかったことが、入ってすぐの人間にもできるようになります。なぜここで酢を入れるのか、といったような科学的根拠があればいいのです。もちろん熟練者の職人技も重要です。ただ、いまの若い人たちはロジックがなければ続きませんから、料理をサイエンスで分析して再構築していくことが必要だと思っています。
齊藤 今年は新入社員も総出で田植えをしたのですが、秋には初の収穫が待っています。スタッフが率先して体験することで、深い部分でのお客さんとの会話が変わってきます。単なるサービスではなく、体験したことをお客さんに伝えたいという意欲が出てくるのですね。田んぼではアイガモ農法を実践し、そのカモも秋には料理しておいしく食べようと思っていたのですが、スタッフ全員、一緒に生活してきたため、かわいそうで食べられなくなってしまったり(笑)。秋に向けて信州では松茸のシーズンなのですが、最近のお客さんは松茸ではあまり心動かされないようで、地元の雑キノコの方が喜んでいただけるのですよ。このように、地元のおばあちゃんだけが知っているような、その土地でしかできないサービスをしていきたいですね。