2020年
2月号
《JAL》 1956年 ポスターカラー・紙 75.8×51.5cm 横尾忠則現代美術館 寄託

Tadanori Yokoo|神戸で始まって 神戸で終る ①

カテゴリ:文化人, 現代美術, 神戸

美術家 横尾 忠則

ズズズズ ズズドーン。
「爆弾の音や」
神戸から53キロも離れている西脇のわが家のガラスを空気を裂いて震動させる。
「危ないわ、防空壕に入ろう」
せっかちで怖がりの父は母を促し、眠っている僕を起こして、表の畑の中に立っているコンクリートの三基の低い柱塔を利用して父が作ったお素末な防空壕と呼んでいる三人が身をかがめて、やっと入れそうな空間に駆け込んだ。
「神戸が空襲でやられてるわ」
やがて南東の空が赤く染まってその面積が次第に広がって行くのを畑の中の手製の防空壕の中から眺めていた。暗い夜空が見る見る朱色に塗られて星まで赤いコンペイ糖のように見えるのだった。
〈あの空の下は、きっと地獄図絵さながらの称相を呈しているんやろなぁ〉と小学3年生になったばかりの僕はこんな風に感じていたのかもしれない。
その時から70年後、僕は画家になって大きいキャンバスに赤い夜空の風景の連作を描いていたが、この幼年期の神戸の空襲の光影の記憶が無意識にキャンバスの中に表現されていたのかもしれない。
そんな神戸の空襲の記憶が、僕の中で初めて、神戸を認識させた一瞬であったような気がする。神戸といったって、まだ一度も見たことのない都市で、そこがどのような街であるかも知らない。絵本などで見る都会の風景は子供の僕には幻想の街でしかなかった。
僕が初めて神戸の地を踏むのは18才になった頃であった。その時の話から始めよう。
この頃、神戸新聞が「読者のページ」のタイトル・カットを募集しており、高三の頃から僕はこの欄にカットを投稿していた。投稿すれば、かなりの確率で採用され、その内 、常連のひとりになった。そんな常連が4、5人いて、その中のひとり、神戸在住の納健という少年からある日葉書が届いた。常連5人でグループを作らないかという提案だった。郷里には絵の友達はひとりもいなかったので、この呼び掛けには何の躊躇もなく、賛同した。そして三木の町で初めて顔を合わせた。5人ともほぼ同年代であった。この時の写真を見ると、僕はいっぱしの芸術家を気取ってベレー帽などを被っている。他の者も同じような格好をして、若き芸術家集団という感じで、今想うと、ほほえましく見える。神戸出身が二人、あとは加古川と三木、西脇出身の僕は一番山奥の人間であった。油絵を描いていた松重君ひとりが何となく画家的で、僕も油絵をかじり、高校生の出品する県下の市展などではそこそこの存在であったが、松重君のような本格派の油絵画家には一目置いていた。他に職業を持つ者もいたが、まあ全員が駆け出しのアマチュア画家であった。そして全員が高卒であった。
初会合にも関わらず、先ずグループ名を決めなきゃということになって、「きりん会」と命名された。きりんのように首を長くして未来を見つめようという主旨だったのかもしれない。早速グループ展を開催しようと、話はとんとん拍子に決まっていき、神戸の元町通りにある2階の喫茶店で、全員がそうであると思うが、生まれて初めてのグループ展である。他の4人はどんな作品を出品したのか記憶はないが、僕はB半サイズのパネルに「JAPAN」と「FUJI」の観光ポスターを描いた。今見ても技術的な稚拙さは認められないし、構成もしっかりしているように思う。それにしても、なぜ観光ポスターなどを描いたのか疑問である。グラフィックデザイナーに憧れていたわけではない。この当時はまだ商業図案とか、まあ神戸などの都会では商業美術と呼ばれていた時代である。
将来の職業は決まっておらず、高卒と同時に郵便局に勤める予定であったが、美大受験にまつわるトラブルで、郵便局に入るタイミングを逸してしまった。4人が集まると意欲的な将来のビジョンを語り合うのだが、僕はあまり野心や野望のようなものはなかった。神戸で展覧会ができただけで喜んでいたように思う。初めて踏んだ神戸の地であったが、どのようにして神戸と溶け合えばいいのか、やっぱり田舎者の精神は抜けないまま、気持ちはおどおどしたままであった。
神戸在住の納君にまかせて、僕は初日の飾りつけに顔を出した程度で、あとの記憶はほとんどない。時間を持て余していた、その間のグループ展であったのか、当時の記憶を想い出そうとしても紗がかかったようにぼんやりしていて現実感がないのである。
だけど、このグループ展の結果、僕の人生に決定的な、そう、僕にとっては事件と呼ぶべきことが降って湧いたのである。
(つづく)

《JAL》
1956年
ポスターカラー・紙
75.8×51.5cm
横尾忠則現代美術館
寄託

きりん会のメンバー



美術家 横尾 忠則
プロフィール
よこおただのり 美術家。 1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞、小説「ぶるうらんど」で泉鏡花文学賞、「言葉を離れる」で講談社エッセイ賞受賞。「病気のご利益」(ポプラ新書)が2月12日に刊行される。現在、横尾忠則現代美術館にて「兵庫県立横尾救急病院展」を開催中。(5月10日まで)
http://www.tadanoriyokoo.com

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