2020年
2月号

その町には 海からの風が流れていた

カテゴリ:文化人, 神戸, 絵画

イラストレーター わたせせいぞう さん

1983年から「モーニング」誌で連載された『ハートカクテル』をはじめ、日本・世界各地の風景などを描いたスタイリッシュな作品で人気を集めるわたせせいぞうさん。2019年画業45周年を迎え、12月、神戸阪急で「わたせせいぞう展」が開催されました。その会場にお邪魔しました。

神戸の思い出は、家族の思い出

―わたせさんは神戸のお生まれでいらっしゃるそうですね。
両親が神戸に住んでいて、ここで出会って結婚し、ぼくもここで生まれました。わたしの父は画家を目指していて、結局は関西学院大学に進み一般の会社に勤めたのですが、神戸ゆかりの画家、小磯良平さんを尊敬していました。

―神戸の思い出はありますか?
その後、父の転勤で福岡県北九州市に移り住んだのですが、小学校4~5年のとき神戸にいました。そのときは、六甲山に行ったり、小さな滝で遊んだり、蚕を飼ったりしたのを覚えていますね。週末になるとチョコレート色の阪急電車に乗って、三宮に買い物にいくわけです。北九州で育った人間ですので、あの、電車がビルの中に入るというのはすごい衝撃でした。
阪神・淡路大震災のときは、第一報が神戸の叔母から母にあって、そのときは電話が通じたのですが、それ以降はまったくつながらなくなり、やきもきしていました。近くにあったカトリック六甲教会に避難しているとわかって、やっと安心したんです。

―神戸阪急の展覧会には、三宮の街を描いた作品もありました。
実際ぼくが小学生のときに体験した、それは過去のことではありますが、神戸のことを思い出して描きました。父親に三宮につれていってもらって映画を見て、あの映画は『透明人間』だったかな、その後食事をしたなということなんかを思い出して、描いています。

―武庫之荘にギャラリーをオープンされました。
もともと、ぼくが育った北九州の門司港ギャラリーと、東京の成城にギャラリーがありました。このたび、東京のギャラリーが白金台に移転し、生まれた町のそばにもギャラリーがあった方がいいのではと思っていましたら、ご縁があって武庫之荘にギャラリーをオープンすることができました。

“あたたかいものを描く”ことを大切にしている

―画業45周年を振り返って、いかがですか。
みなさん、同じだと思いますけれど、時間がたつのはあっという間でしたね。45周年という実感はなかなかわかなかったのですが、今回画集を出すにあたって、今までの作品が持ち込まれたときに、その数が約一万六千点、そのうち千点と少しが画集に入ったのですけれど、その量を物理的に見た瞬間、45年の重みを感じました。自分の絵も変遷していますしね、というのは、極端に言えば絵が上手くなったのと、色彩もたくさん使うようになりましたし…、でも、当初描いていたころからの、「あたたかいものを描くんだ」という気持ちは今も続いています。これはぼくが大切にしていることです。

―作品に登場する男女は、幸せなシーンばかりですね。
ぼくの場合は、一枚のイラストレーションもあるし、4~8枚のカラーコミックもあるけれど、その中には別れの修羅場やベッドシーンはないんです。というのは、恋愛があればそういうシーンや修羅場だってあるということは、誰でもわかっていることですから、そういうことは省いて、もっと人間的な、心と心の部分だけを描いているんですね。恋愛は、ひとつの恋愛が終わって傷ついても、それが風化すればするほど、いい思い出になっていくものですし。時間がたって、振り返ったときに、ああ良かったなと思っている、ことを描いています。


港に吹く風「神戸」3

―作品を見ていると、昔の恋を思い出す…という方も多いですね。
今の若い男性には特に、もっと恋愛をしてほしいと思いますよ。メールだけじゃなくて、彼女と顔を合わせて、コミュニケーションをはかってね。といっても、他人のものだったりすると、今はとくにいろいろまずいし(笑)、責任はとらないといけないですから、その覚悟があるかどうかも大切です。ダリやウィンザー公みたいにね。でも、どこかに好きになった人がいる、と心の中だけでも“おもう”ってことは大切だと思います。誰かを「いいな」と思うこともね。人を好きになることは、いろいろな感情の揺れがありますから、そういう経験はぜひしてほしいですね。

―『ハートカクテル』は、1980年代バブル期の、エネルギッシュな時代にヒットしました。
みんなアクティブでしたよね。羊の皮をかぶった狼だったのかもしれないですが…(笑)その狼も大きな夢を持っていた。その先にある、かなうかな、どうかなというぐらいの大きな夢。物質的なことでなく、心が豊かになった時代だと思います。その後の偏差値教育が、限られた人間にしてしまったのかもしれないですね。80年代も偏差値はあったけど、「オレはちがう」という思いを持っていたでしょう。

―作品には、音楽が流れている気がします。
いつも音楽、ピアノの音を聴きながら描いています。ぼくの作品がテレビアニメになったときに、一作ごとにサウンドラックが作られたんです(1986年~1988年)。三枝成章さん、松岡直也さんら4人の作曲家さんによるもので、ぼくの作品をご覧になって、ストーリーを込めて作られた音楽でした。ぼくは今、逆に、そのアルバムを聴きながら描いています。というのは、ストーリーがある音楽というのは、また新しい作品を作り出すということなんでしょうね。時が流れても、同じメロディが新しいストーリーを生みだしてくれているんです。

世界各地の絵を描いていきたい

―わたせさんは現在74歳ということですが、とてもお若くていらっしゃって、秘訣は何ですか。
絵を描いたりすることで、若い方と仕事をすることが多いので、忘れちゃうんじゃないですか、年をとるっていうことを(笑)。

―人生100年時代といわれますが、今後のチャレンジは。
いろいろな都市に行って、いろいろな人に出会って、その土地のものを描いていくということは、これからも続けていきたいと思います。そしてもっと、海外のものを描いてみたいという気持ちは強いですね。ぼくのイラストの原風景、スタートはその頃の若者の憧れの地、ウエストコーストでした。それから日本の風景を描くようになって、パリを描いた作品もありますが、世界はもっとたくさんありますから。グラフィックでいうと横尾忠則さんが83歳、和田誠さんも同世代で、先日お会いしたばかりなのですがお亡くなりになり残念です。本当にみなさんお元気でおられるので、ぼくもがんばりたいと思います。


港に吹く風「神戸」4
神戸阪急『わたせせいぞう展』に寄せて
チョコレート色の電車
神戸で生まれたボクが北九州小倉の父の実家で育ち、小学校4年・5年の2年間、神戸六甲の叔母の実家から高羽小学校に通った。
北九州工業地帯の有害な煙で覆われた処から、妹・瑠美ちゃんと2人で神戸の空気を吸った。先ず、神戸三宮駅に着いた。巨大な建物の中にチョコレート色の電車が出たり入ったり、北九州にはない風景、未来都市だった。
出迎えの叔母と一緒にチョコレート色の電車に乗って、六甲で降りた。駅から坂を上って約10分の処に叔母の家があった。
2年間の神戸生活、時には両親が来て、4人一緒にチョコレート色の電車で王子動物園や三宮に買い物に連れていってくれた。
その両親は、それから遡ること15年前、北九州小倉の港町に育った父と、北海道室蘭の港町に育った母が港町神戸で出会っている。
そして2人は奇跡のように恋をして、結婚しボクが生まれたのだ。
父は絵描きの夢をもったロマンチストな男だった。
関西学院の学生時代、スケッチブックに沢山の絵を描き、絵日記をつけていた。
絵日記にはカラーインクでサーカスの絵や、神戸の港町の絵を描き、子供をおんぶした母の切り絵も貼りつけてあった。
絵日記には童話のような文も書かれていた。
童話の主人公の男の子の名前が「せいぞうちゃん」で、女の子の名前が「るみちゃん」だった。

今は父母も鬼籍の人に、そして妹・瑠美ちゃんは2年前に亡くなった。
でも今、神戸の町に立つと、ボクはひとりではない。
家族4人であのチョコレート色の電車に乗って、ワイワイ賑やかに、いつも買い物に行っていた「三宮」に向かっている。

今回、ボクが生まれ、ボクの家族の思い出の三宮、「神戸阪急」で画業45周年の展示会が出来ることは大変に嬉しく思います。
皆さん、ありがとう。

プロフィール

1945年 神戸市生まれ。福岡県北九州市小倉育ち。早稲田大学法学部卒業後、同和火災海上保険(現・あいおいニッセイ同和損害保険)に入社。在職中にデビュー。1987年第33回文藝春秋漫画賞受賞。
主な著作に『ハートカクテル』『菜』『あの頃ボクらは若かった』など多数。
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