07.01
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第九十七回
「社会保障の国際比較」からみた
日本の医療保障制度の特徴と課題
兵庫県医師会医政研究委員
ふじわら医院 院長
藤原 史利 先生
─先進各国の医療保険制度の財源や医療提供体制はどのようになっていますか。
藤原 イギリスやスウェーデンでは、財源は租税が中心です。ドイツ、フランスでは、財源は社会保険料が中心でしたが、近年は税の投入割合が増加してきています。アメリカでは民間保険への任意加入が必要です。韓国は社会保険方式ですが、国民皆保険制度の早期実現を優先したため、低保険料、低給付、低診療報酬をきたし、混合診療による高い自己負担が必要となっています。日本においても、現在は税の投入割合が4割まで増加しています。税方式の国ではアクセスの制限や受診回数の抑制傾向が認められ、社会保険方式に比べ国家による予算統制が強化されています。
─日本の医療費は国際的にどれぐらいの水準でしょうか。
藤原 日本の1人当たり保健医療支出は4,519ドルでOECD加盟35か国中15位、先進7か国(以下G7)では4位です。OECDの保健医療支出では日本の国民医療費、介護費に加えて予防接種、健康診断なども対象となっています。日本の1人当たり介護費用は国際的にも高水準ですので、日本の狭義の医療費は現在も先進諸国の中で低い水準にあります。
また、高齢化率と1人当たり保健医療支出との関係をみますと、日本は高齢化率に比して1人当たりの保健医療支出が国際的にやや低いことがわかります(図1)。この要因として、日本では国民皆保険制度により医療の大部分が公的保険適用であり混合診療も原則禁止されているため、医療費のコントロールが比較的に容易であることが考えられます。さらに各国の医療費の対GDP比と平均寿命の関係をみますと、日本は比較的低い医療費で長寿を実現しています(図2)。
─日本の医療提供体制にはどのような特徴がありますか。
藤原 わが国の医療制度の特徴は国民皆保険制度のもとで医療機関へのフリーアクセスが保障され、適切な医療費で高度な医療が提供されていることです。病床数からみますと、日本では老人保健施設と特別養護老人ホームにおける長期居住型病床数がG7では最低水準です。日本では高齢化の進行に比較して、長期居住型病床数が伸びていませんが、わが国の財政および介護人材不足の現状を鑑みますと、日本ではこれらの増床よりも家族負担の軽減を目的とした小規模多機能型居宅介護やグループホーム等の充実を図ることが望ましいと考えられます。
─日本の国民負担の現状は国際的にどのような状況ですか。
藤原 図3をご覧ください。日本の対GDP税・社会保障負担率は30・7%でOECD加盟35か国中26位の低さです。また、日本の対GDP社会保障負担率は12・1%であり、G7の中ではフランス、ドイツに次ぐ3位となり、OECD加盟国の中央値よりやや高い水準です。日本の対GDP税負担率は18・6%でOECD加盟国中33位であり、G7の中でも最低水準です。日本は2014年に消費税率を8%に引き上げましたが、景気の低迷や消費税以外の減税により日本の対GDP税負担率は現在も国際的に最低の水準にあります。
─海外ではどのように社会保障財源を調達しているのですか。
藤原 欧州諸国では付加価値税率が平均で20%に達しています。2014年度のフランスでは付加価値税率20%で、付加価値税収は対GDP比9・4%を占めるのに対し、現在の日本では消費税率8%で、消費税収は対GDP比で3・1%を占めるに過ぎません(図4)。フランスでは社会保障会計は一般会計から独立しており、歳入には保険料以外に社会保障目的税が投入されているため、フランス国民はさらに高い税負担をしていることになります。2018年にフランスでは燃料税増税をはかる政府に対して激しいデモや暴動が起こりましたが、社会保障目的税の導入時には概ね国民の理解が得られたようです。
─日本の医療保障制度の持続可能性を高めるためにはどうするべきなのでしょうか。
藤原 簡単な処方箋はなく、どのような方策にも国民の痛みを伴うでしょう。しかし、例えば社会保険料の標準報酬月額の上限を引き上げつつ低所得者の保険料を減免することは、社会保険料の増収だけでなく、その逆進性を緩和するためにも有効です。また、所得の捕捉率を高め、数兆円に達するといわれる社会保険料の徴収漏れを減らす制度設計や、社会保障目的税の導入等も検討され得るものです。増税すなわち消費税という固定観念にとらわれてはいけませんが、現状では高い財源調達力を有する消費増税が必要であると考えられます。消費税については「逆進的」という批判が根強いのですが、それは財源調達における観点からであり、給付による再分配を考慮する必要があります。増税には国民の抵抗が根強く、日本社会では実現困難な状況が続いています。現状打破のためには、全世代の受益を強化することにより政府に対する国民の信頼を回復することが何よりも必要ではないでしょうか。