9月号
医療現場の未来をみすえて
神戸大学医学部附属病院
院長 杉村 和朗さん
教育、診療、研究という3つのミッションに神戸大学医学部附属病院ではどう取り組んでいるのだろうか。地域のがん拠点病院という新たなミッションを果たす「神戸低侵襲がん医療センター」(平成25年4月オープン予定)にも期待が大きい。杉村院長にお聞きした。
―「縦の医療から横の医療へ」と言われていますが、大学病院の現状は。
杉村 医師が全力を挙げて一人の患者を治そうとし、患者は医師に任せきりにする。以前にはこういった医療が普通に行われていました。しかしこれほど医療が進んでくると医師の力だけでは限界があります。色々な分野の最高の知識を集めて患者さんの治療にあたるというのが大学病院のミッションでありメリットです。欧米では既に当たり前になっているチーム医療を、当大学ではシステマティックに運用しています。
―具体的にはどのように取り組んでいますか。
杉村 色々な領域でのチーム医療があります。がん治療で例えれば、以前は、がんと診断されれば外科系のお医者さんが手術から抗がん剤治療まで行うというのが通常でした。チーム医療では、例えば肺がんと診断されたら、呼吸器内科、呼吸器外科、放射線科、放射線治療科、腫瘍内科、病理診断科などの先生たちが集まり、「患者さんにとって一番良い治療法は何か?」を皆で考え、ディスカッションします。そのデータをもとに、手術や放射線治療、抗がん剤治療などそれぞれの有効性をはじめとする利点と、リスクや副作用を説明して、最終的には患者さに選択してもらいます。これは専門を越えた医師たちのチーム医療です。
さらに、職種を越えたチーム医療も重要です。従来の看護師や技師を始め、ソーシャルワーカー、心理士、リハビリスタッフ、栄養管理士など、治療前から治療後に至るまで非常に広い範囲でコメディカルスタッフが協力し合って関わっています。
―電子カルテによる情報の共有が必須ですね。
杉村 もちろんそうです。それぞれ患者さんの全ての情報が入った電子カルテを見ながらディスカッションします。また、最近、大きな病院で問題になっているのが感染症です。抗生物質が効かない菌が次々現れますから、各科が個々に対応していたのではとても感染は防げません。感染症の専門家が毎日、院内を回ってアドバイスをするようになり、院内感染率は大幅に改善しました。さらに感染症は院外から患者さんが持ち込んできます。そこで、兵庫県内の病院にも範囲を広げて感染症対策を進めています。
―大学病院の使命の一つは研究ですが、最近話題になった「1滴の血液で大腸がんを早期発見」というのは。
杉村 ノーベル賞を受賞した田中耕一さんがおられる、島津製作所と共同で進めている質量分析総合センターで行なった研究です。がんを発症した時に増える物質を見つけてスクリーニングして使うという高度な技術です。今後、メーカーと協力し、実用化に向けて機器を開発する段階まで進んでいます。
―他にも放射線科では高いレベルを誇っている大学病院ですが、その実績で「神戸低侵襲がん医療センター」開設に尽力されたのですね。
杉村 手前味噌ですが、神戸大学の放射線科は、機器及び人材共に日本の放射線医学をリードしています。私は放射線科の主任であり、この4月まで日本医学放射線学会の理事長を務めていたこともあって、日本のがん治療において放射線治療の認知度が低い事を大きな問題だと思っています。実は日本のがん治療は手術が主流ですが、欧米では同じ治療効果であれば、優しい治療である放射線治療が選択される事が多いのです。欧米でははがん患者の約7割が放射線治療を選択しています。これに加えて、本部では放射線治療機器の普及は進んでいるものの、放射線治療専門医とそれを支える医学物理士や治療に精通した放射線技師が圧倒的に不足しています。腫瘍の部分だけに放射線を当てるIMRT(強度変調放射線治療)や定位放射線治療など副作用の少ない治療を受けられる病院が非常に少ないのが現状です。患者さんにとっては極めて不幸なことだと考えました。
―どういう施設がオープンするのですか。
杉村 異なるタイプの最新の放射線治療機器を三台導入しますが、各々の機械に放射線治療の専門医と物理士及び専門の放射線技師を配備して、高度治療に対応します。さらに抗ガン剤治療の専門医も3名配置します。それ以外の低侵襲治療として、内視鏡治療やIVRといってカテーテル治療を行ないます。それぞれの患者さんに適した優しいがん治療が出来る施設をにする予定です。もちろん手術が良い場合は大学病院などで受けることが可能です。誰もが「あればいいのに…」と思っていた施設の第一号が神戸低侵襲がん医療センターです。
―ポーアイ2期という場所については。
杉村 しっかりとした総合病院の周囲にがん専門病院を設置する事が、お互いに取って大きなメリットがあります。大学を中心にしてがんセンターをはじめとする専門病院を作る構想もありましたが、場所の余裕が全くありません。その点、ポートアイランド2期は神戸市立中央市民病院を中心に医療産業都市として充実しています。大学からも近く、非常に好立地だと考えて構想を進めていきました。
―大学の一つの使命、教えるということにも新センターは役に立ちますね。
杉村 教育は私たちにとって最も重要なミッションです。新しいセンターの重要な役割は、現在不足しているがんを専門とする医療人を育てていくことです。次世代の人材を育てていくには、レベルの高い医療を通じて、専門的な教育をしていくことが重要だと考えています。
杉村 和朗(すぎむら かずろう)
神戸大学医学部附属病院 院長
1953年西宮生まれ。神戸大学医学部卒業、神戸大学助手、島根医科大学(現島根大学)教授を経て1999年に神戸大学教授として就任、2007年より神戸大学医学部附属病院長。学生時代はラグビーに親しむ。「患者に優しい医療と病院」を信条とし、経営改革に取り組む。日本医学放射線学会理事長、2010年北米放射線学会、2012年ドイツ放射線学会名誉会員受賞。
小さく見つけて やさしく治す
神戸低侵襲がん医療センター
院長予定者 藤井 正彦さん
概要について
放射線科は画像診断とカテーテル治療を行う診断医4名、放射線治療を行う治療医3名、抗がん剤治療を行う腫瘍内科医3名、消化器内科医2名、抗がん剤治療の前に口腔ケアを行う歯科医師1名、計13名の体制です。病床は80床、家族も付き添える個室中心の病棟です。
機器について
異なる特徴を持った3種類の最新型放射線治療装置を備えていますので、脳、耳鼻咽喉、乳腺、前立腺など全身の放射線治療が可能です。呼吸で動く肺や肝臓の腫瘍をロボット技術で追尾し照射するサイバーナイフG4、360度方向から腫瘍を狙い撃つように照射するトモセラピーHDの2台は、特別な機能を備えています。
がんリハビリ
入院中に体力が落ちることを防ぐ、がんリハビリにも力を入れます。がん患者さんは高齢の方が多く、歩いて来られたのに退院時には車椅子ということがないよう、患者さんのQOL維持に努めます。
やさしい治療
日本ではがん患者さんの約半数が、ご自分の病気に放射線治療が可能かどうか知らないというのが現状です。必要な部位にだけ照射する最新の放射線治療は、身体への負担が少なく、抗がん剤との併用でより高い効果が得られるようになっています。市内、県内はもちろん、全国の人に知っていただき、神戸空港を利用して一人でも多くの患者さんに、やさしいがん治療を受けていただきたいと思っています。
また、検診でがんが発見された場合にも、是非センターを受診して下さい。
藤井 正彦
神戸低侵襲がん医療センター
院長予定者