2013年
7月号

心おどるiPS細胞

カテゴリ:医療関係

独立行政法人 理化学研究所
発生・再生科学総合研究センター
網膜再生医療研究開発プロジェクト
プロジェクトリーダー 高橋 政代さん

戸ポートアイランドでは、理化学研究所が世界初のiPS細胞臨床研究に向けて動き始めている。心おどるプロジェクトの中心にいる高橋さんにお聞きした。

―臨床研究認可に向けては順調ですか。
高橋 いくつもの準備委員会の審査を通って、今年2月28日に厚生労働省に臨床研究の申請を出しました。5月31日現在、ヒト幹細胞審査会で審議中です。この審査が通れば、次の段階は科学技術部会で審査されます。
―時間がかかりそうですね。私たちとしては安全と思えるのですが…。
高橋 マスコミを通して色々な情報が流れますから、皆さん期待をお持ちだと思います。でも、何となく安全ではダメなんですね。できる限り100%の安全性に近づけなくてはいけません。審査員である研究者たちそれぞれがどこまでの検証が必要かという意見を持っていますから時間がかかるのは仕方ないことです。
―山中伸弥先生のノーベル賞受賞で脚光を浴び、まずます報道が過熱気味ですね。
高橋 今年は3つの法律が変わるというほどですから、ノーベル賞効果は大きなものでね。誰もが応援したくなる山中先生の人柄のお陰でもあると思います。
―山中先生とは時々お会いになるのですか。
高橋 京大iPSセンターのメンバーとは定期的なミーティングの場を持っていますが、山中先生ご自身はお忙しい方なのでお会いするのは数カ月に1回程度でしょうか、メールでは頻繁にやり取りしています。
―ご主人(京大iPS細胞研究所の高橋淳教授)も同じ研究者だそうですね。
高橋 iPS細胞臨床応用によるパーキンソン病の治療を研究しています。次に臨床移行するのは恐らくパーキンソン病ではないかと思います。
―ということは、家庭でも研究に関する話ばかりですか。
高橋 半分以上はそうですね。時には議論が白熱して…、いつかも一緒に新幹線を待ちながら議論していたら熱中し過ぎて乗り遅れたことがあります(笑)。
―ご夫婦で同じ研究をしているというのはどうですか。
高橋 多角的な情報を得ることができますから、少なくとも私にとってはメリットばかりですよ。あちらはどうでしょうね(笑)。

網膜再生治療について

―iPS細胞を使う治療が期待されている加齢黄斑変性ですが、どんな病気ですか。
高橋 日本でも増えてきて、60~70万人の患者さんがいると言われています。視力を出すためにとても大切な網膜の真ん中部分が障害で見えなくなります。歩けるけれど、字が読めない、顔が見えない、テレビが見えないというような、かなりつらい状況になります。
―計画されている網膜再生治療というのは。
高橋 患者さんの皮膚から少量の細胞を採取してiPS細胞を作り、そこから網膜の裏側にある色素上皮細胞を作製します。更に、移植に適したシート状の色素上皮を作製し、障害のある色素上皮と入れ替えます。
―この治療を受けると視力が元に戻るのですか。
高橋 これも誤解が多いところなのですが、元に戻るというのは無理です。患者さんの病状にもよりますが、暗く、歪んで見えている真ん中部分が少し明るくなり、歪みが減るという程度です。視力でいえば、メガネで矯正しても0.1以下の人が、0.1~0.15程度になるというもので、治療後に全く支障のない元の生活に戻るのは難しいと思います。1回の治療で病状の悪化を長期的に食い止めることができれば良いと思います。
―患者さんのストレスがかなり軽減されますね。臨床研究はどこで始めるのですか。
高橋 隣の先端医療センター病院で始めます。
―ポーアイには専門医療機関が集まっていますが、次第に広がっていくのでしょうか。
高橋 まず数人の被験者を対象に安全性の確認から始めますから、すぐにはなかなか難しいと思います。将来は、日本全国だけでなく海外からも患者さんに来てもらえる専門眼科を置きたいという希望は持っています。

科学は、とってもおもしろい!

―京大医学部出身の高橋先生が、これから医学部を目指す子どもたちに思うことは。
高橋 医学部を目指すのであれば勉強だけでなく、人とのつながりを大切にしてほしいですね。外来では何十人もの患者さんそれぞれの性格や背景などを判断できる能力や気持ちの動きをキャッチできる能力が必要です。医療現場の患者さんとのもめごとの原因もこれらの能力の不足によることが多いのではないでしょうか。
―高橋先生自身が医学部を目指した理由は。
高橋 私の場合は偏差値の範囲で最もレベルの高いところを目指そうと思っただけで、動機としては自慢できるものではないですね。
―高校までの勉強はその後、役立ちましたか。
高橋 私は数学や物理が好きでしたから、勉強を通してロジカルな考え方が身についたと思います。根拠を持って判断できるということは色々な場面で役立っていますから、理系教育は必要ですね。
―ハードロックの趣味もお持ちで学生時代はレッドツェッペリンもお好きだったとか。広い興味を持つことも大切だと?
高橋 ハードロックは分かりませんが(笑)、色々なことに興味を持つことは役に立つと思います。
―神戸の理研はどんなところですか。
高橋 私は今、京都に住み新幹線で神戸まで通っていますが、ここに来ることが楽しくて全然苦になりません。それは、神戸の理研が素晴らしいからだと思います。環境の良さ、サポートしてくれるスタッフの能力の高さ、自由度の高さ等々、最高の研究環境です。
―発生・再生科学総合研究センターは今、網膜再生がクローズアップされていますが、他にはどういう研究をしているのですか。
高橋 発生・再生生物学の基礎研究です。網膜再生のようにすぐに臨床に結び付くものではないので皆さんにはあまり知られていませんが、数々の研究成果を世界に向けて発信しています。線虫やマウス、ショウジョウバエなどを細胞や遺伝子レベルで研究することで、ヒトにも共通した発生メカニズムが見えてきます。たくさんの発見や驚きに溢れた研究です。こういった基礎研究があるから、創薬や医療への応用が可能になるのです。
―1ミリ以下の線虫やハエから私達人間が分かるのですか。
高橋 そうです。科学はとってもおもしろいんですよ。
―ぜひ、そのおもしろさを理研の知恵と力で若い人たちや子どもたちにも伝えてください。

インタビュー 本誌・森岡一孝

網膜再生医療研究開発プロジェクトでは、患者の皮膚から少量の細胞を採取してiPS細胞を作製し、そのiPS細胞から色素上皮細胞を作製します。さらに、移植に適したシート状の色素上皮を作製して患者の網膜の裏側に移植します。このようにして障害された色素上皮を健全な色素上皮と入れ替えることで、視機能の維持、さらには回復を目指します。



多様な生物の研究を通して、ヒトにも共通する発生の基本メカニズムの解明を目指す


発生の原理解明と再生医療への貢献をテーマに研究が行われる、発生・再生科学総合研究センター(CDB)

高橋 政代(たかはし まさよ)

独立行政法人 理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 網膜再生医療研究開発プロジェクト プロジェクトリーダー
1986年、京都大学医学部卒業。2001年から2006年まで、京都大学付属病院探索医療センター開発部助教授。2006年11月より理化学研究所、発生・再生科学総合研究センター、網膜再生医療研究チーム チームリーダー(2012年の組織改正により、理化学研究所、発生・再生科学総合研究センター網膜再生医療研究開発プロジェクト プロジェクトリーダー)専任。その他、多くの客員教授を兼任し、現在に至る。

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