2013年
9月号

若者よ、ネット情報をうのみにするな!

カテゴリ:教育・スポーツ

須磨学園高等学校 須磨学園中学校 学園長
博士(情報学)
西 和彦さん

進学校として急成長している須磨学園の学園長、西和彦さん。その歩んできた人生や功績には誰もが興味を持つが、「過去の自慢話は嫌だ」と言う。それでは、どんなことを語ってくれるのだろうか。

自由に過ごした思春期。人生設計は彼女のご希望次第

高校の3年間はその人の性格を決定づける大切な時期だと思います。私は私立の甲陽学院で過ごしました。自由な雰囲気でした・・・。甲陽学院の宿命は〝決して勝てない相手である〟灘高の影を背負っていることです。いつも灘を意識しています。だから、灘が「勉強」のイメージなら甲陽は「自由」なイメージ、灘が「東大」なら甲陽は「京大」等々、もっと自信を持ったらいいのに・・・。
私は音楽と読書に明け暮れていました。ピアノを弾く親友と一緒に私はフルートを吹いて、クラシック専門でした。オールジャンルの本を乱読して、自由にやっていました。それが今の自分の背骨になっていると思います。
情報系には興味はありましたが特に進路のことを考えていたわけでもなく、人生設計は、英語部で付き合いのあった神戸女学院の彼女に「私と結婚したかったらお医者さんになるしかないわよ」と言われれば「そうか!阪大医学部いこう」、「可愛いなあ…」と思う女の子のお父さんが京大の高分子化学の教授と聞いたら、「よし!京大工学部いこう」と、こんな調子でした。
〝自由〟に過ごした甲斐あって、東大受験に2年連続失敗。気の遠くなるような東大コンプレックスを持つことになりました。
因みに20年ほど前から、東大工学部で非常勤講師をやっています。18歳のトラウマを、長い年月を経てやっとリカバリーできました。

起業の条件は3つ。「自信」「勤勉」「ぐうたら」

大学は早稲田の理工でしたから工学の基礎的なことをしっかり勉強したし、文学部に潜り込んで〝これぞ早稲田〟という雰囲気も満喫しました。充実した学生生活でした。8年間も在籍しましたから。今思えば「休学届け」という手もあったのにそんな知恵も働かず、除籍になるまで、ずっと授業料を支払い続けてくれた親に申し訳なく、感謝しています。
大学3年の時に、いわゆる〝起業〟をしました。何もわかっていなかったからできたのでしょう。これから起業したいという人にアドバイスするとしたら、「絶対やめたほうがいい」。
それでも「どうしても起業したい」と言うなら、敢えて挙げる条件は3つあります。まず、「この分野では誰にも負けない鉄人」という自信。そして、「朝から晩まで一生懸命働く勤勉さ。」最後に、休みの日には趣味で遊ぼうなどと決して考えず、「ひたすら〝食っちゃ寝食っちゃ寝〟で朝から晩まで過ごし、翌日からまた朝早く起きてしっかり働く。」ことではないでしょうか。

受験勉強だけじゃない。3つのLifeと国際性を追求

「須磨学園では厳しい勉強方法を取っているのでしょうね」と言われます。決して厳しいとは思いません。受験のための真っ当な授業をやっているだけです。
しかし、進学校でありがちなのが、受験勉強には関係ない科目、つまり技術家庭や音楽、美術、保健体育などの教養科目がいい加減になることが問題です。その問題を授業を楽しくすることでちゃんとするようにしています。例えば家庭科で、もちろん栄養についての勉強もしますが、そば打ち、ラーメンうち、生パスタ打ち…、うまくできなければ落第です。音楽では、「ハッピーバースデー」をグランドピアノで弾いて歌えないと落第。「上手に弾けたらきっとモテるよ!」と言えば、子供たちは必死で練習します。将来、結婚して子供のお誕生日にピアノを弾けば、自慢の親になれること間違いなしです。ほかにも、美術ではポケットに入る水彩のパレットを入れて出かけたり、色々あります。毎日の生活の豊かさを追求する。そういう教養科目にしています。
総合科目では「生命」「生活」「人生」という3つの〝Life〟を追求しています。大きな柱は、「A(アジア)A(アメリカ)E(ヨーロッパ)」と呼んでいる科目「国際」。これは、居ながらにしては学べませんから、3回に分けて現地へ出かけます。ワシントンのホワイトハウスやパリの凱旋門をテレビで見て、「『あっ!ここ行ったよ』と子供が感激しています」という類の反響を保護者の方からいただきます。これを国際教育の成果と言えるのか?まあ、何事も経験は大切です。いろいろな国に行くと言う経験は必ず役に立つ時がくるでしょう。
将来の須磨学園に思うことは、灘や甲陽が男女共学校になる時が来れば、絶対ないとは言えませんから、そうしたときに共学の進学校として影が薄くなるような学校ではありたくないのです。
県立長田高校や県立神戸高校に合格しても、「私の本命は須磨学園です」と言ってもらえるような学校になりたいと思っています。

ネットにはウソが多すぎる

若い人たちに伝えたいことは、「インターネットの情報をうのみにしてはいけない」ということです。私は、ネットでお勧めのレストランへ行って、WEBどおりに「美味しい」と思ったこともなければ、温泉旅館でWEBどおりに満足したこともありません。ネットにはウソが多すぎると思います。最も分かりやすい例は、ネット上の私の情報です。それを見て私が思うのは、「これらは私の本来の姿ではない記事ばっかり」しかし、その虚像が世の中に広まっています・・・。
ネットの世界はどこまでいってもバーチャルの世界です。ネットは先ず疑うところから始めなくてはならないと思っています。何でもこれはおかしいのではと思う視点が大事なことではないでしょうか。

自由な校風の中で過ごした甲陽学院高校時代の自画像


コンピューター関連の「株式会社アスキー」を立ち上げた早稲田大学3回生のとき。ビル・ゲイツ氏(中央)、ポール・アレン氏(右)とともに


神戸市須磨区の高台に建つ須磨学園


アジア・アメリカ・ヨーロッパ。価値観の違いを学ぶため、修学旅行は3度出かける


15年足らずで、進学校としての実績を積み重ねてきた


生家の門前で妹の西泰子理事長とともに(左:2012年9月・56歳、右:1966年9月・10歳)

西 和彦(にし かずひこ)

1956年、神戸市須磨区生まれ。育英幼稚園、板宿小学校、飛松中学校、甲陽学院高等学校を経て、1975年に早稲田大学理工学部機械工学科に入学。3回生で株式会社アスキーを創業。アメリカに渡りマイクロソフトでパソコンの設計により米国本社取締役副社長。アスキー社長を経て工学院大学から博士号(情報学)を得て、2001年より須磨学園学園長に。