12月号
神戸市医師会公開講座 くらしと健康 75
心身と人生を蝕む薬物乱用の危険
「一度だけ…」が取り返しのつかない結果に
―薬物乱用とはどのような状態をいいますか。
津田 薬物乱用とは社会的・医学的常識を逸脱して、麻薬や覚醒剤などの薬物を使うことです。1度使用しただけでも乱用にあたります。乱用される薬物で一番多いのが覚醒剤です。これは幻覚や妄想を引き起こします。大麻(マリファナ)は知覚の変化やパニック状態を引き起こします。最近増えているのが錠剤の合成麻薬で、MDMAとよばれています。ヘロインなどのあへん系麻薬、コカイン、シンナーなどの有機溶剤も乱用されます。そして近年、「脱法ドラッグ」や「合法ハーブ」などとよばれるものがありますが、これらも違法なドラッグですので注意が必要です。かつて薬物は入手しにくかったのですが、近年ではインターネットや携帯電話の発達、街頭で外国人が販売するなど、以前より入手しやすい環境になっており、薬物だとわからないように隠語を使ってやりとりされていることがほとんどです(表1)。データによれば薬物乱用はやや減少傾向にありますが、特に大麻やMDMAなどの乱用では若年層が多く、検挙者の6~7割が未成年ないし20代で、低年齢化が大きな問題になっています(図1)。
─薬物乱用でどのような健康被害がおきますか。
津田 脳がおかされて精神障害や記憶障害、意識障害など重篤な症状があらわれます。脳のみならず、腎臓、肝臓、生殖器、血管、眼などにも障害があらわれ、心不全や心臓発作を引き起こすこともあります。依存性・常習性が高いので、一回くらいなら大丈夫と思っていてもまた使いたくなります。さらに使用を繰り返すうちに、耐性によりそれまでの量では満足できなくなって、最終的に薬物依存症に陥り、そうなるともはや自分の意思では止めることができなくなります。また、発作や中毒などの急性症状で命を落とすこともあります。幻覚などで重大な事件・事故を引き起こした例も枚挙に暇がありません。もちろん友人や家族を失い、人生が誤った方向に向かうことは言うまでもありません。
─いわゆる「脱法ドラッグ」「合法ハーブ」とよばれているものでも健康被害が出ますか。
津田 お香やアロマオイルなどに見せかけて販売していることが多いのでだまされやすいのですけれど、重ねて言いますがこのようなものは脱法でも合法でもなく、違法なドラッグです。よって当然、前述のような健康被害がおきます。しかも、化学構造を麻薬に似せた化学物質が添加されており、その物質や含有量がさまざまなので、どのような健康被害がおきるかわからず非常に危険です。また、本物の麻薬などの乱用につながるゲートウェイドラッグ(入門薬)となる恐れも指摘されています。
─薬物乱用の治療や再発防止はどのようにおこないますか。
津田 精神科医などの専門医の治療を受けることになりますが、完治は非常に難しいです。特に覚醒剤は使用を止めても幻覚や被害妄想などのフラッシュバックが消えることがなく、繰り返し使用するケースがほとんどです。つまり、治療や再発防止が困難なので、薬物に手を染めないようにすることが何より重要です。そのためにも学校、校医、保護者、地域、関係機関などが連携して、指導や教育を強化していく必要があると思います。
─薬物乱用防止について、神戸市医師会はどのように取り組んでいますか。
津田 医師会は各学校の校医を通じ、学校現場での指導教育に力を入れ、小学校6年生から薬物乱用についての授業をおこなっています。授業は中学校・高等学校でも引き続き行われます。小学生の年代から教えなければいけないほど、薬物乱用の低年齢化が進んでいるのです。しかし、それだけでは限界があります。家庭や地域でも子どもたちに薬物の恐ろしさを伝え、薬物乱用を許さない環境をつくることが重要です。好奇心で「一回だけ…」のつもりが、人生を台無しにしてしまう薬物使用を、絶対に認めてはいけません。
津田 正治 先生
神戸市医師会理事
津田医院院長