5月号
神戸鉄人伝 第77回 小川 哲生 さん
クラリネット奏者
小川 哲生(おがわ てつお)さん
そのレパートリーは古典に留まらず、ラテン、映画音楽、唱歌、演歌に至るまで。小川哲生さんと門下生の耳触りのいい音色と趣向を凝らした演出に、時間を忘れて引き込まれてしまいます。音楽には妥協を許さないという小川さんですが、舞台でのサービス精神には定評があります。「お客様のことを思うのは、レストランのシェフが“美味しかった、また来よう”と思って頂けるように努力しているのと同じですよ」と、まったく気負わない小川さんに、お話をうかがいました。
―クラリネットとの出会いは?
高校時代は音楽部に所属していましたが、本格的にレッスンを受け始めたのは高校3年の春からです。音大に進みたいとクラリネットを持って専門の先生に弟子入りしましたが、「浪人を覚悟するなら」と言われていました。入試というものに慣れておこうと、ひとまず入学試験を受けたらまさかの現役合格で…何もかもそれからの勉強でしたから、それはもう大変でした。
―卒業後は大阪フィルハーモニーに入団され、その後留学されます。
約3年間在籍しました。朝比奈隆先生の時代です。大フィル初の欧州演奏旅行でドイツへ行ったんですが、ここで運命が大きく変わりました。学生時代に「こんな先生に習えたらいいなあ」と思いながらレコードで聴いていたJ・ミハエルス先生に、偶然会うことができたんです。しかも私の演奏を聴いた先生が、「留学する気持ちがあるなら教えよう」と言ってくださって。1年後にオーケストラを辞めて、デットモルト音楽大学へ進み、3年掛けて卒業しました。
―クラリネットのどんなところが魅力ですか?
それはもう、朴とつなところ、色気がないところです。フルート、オーボエはバロックの時代から花形ですが、それに比べれば歴史の浅い、地味でおとなしい楽器です。クラリネットのための曲が作曲されるようになるのは、古典派以降の時代ですね。木管楽器の中では最も音域が広く、吹奏楽ではオーケストラのヴァイオリンのような役割を果たします。
―クラリネットの普及や後継者育成についてはどんなことを?
普及のためには、まずクラリネットを用いた楽曲をなるだけ演奏すること。オーケストラに所属していた頃はどうしてもプログラムに追われがちでしたが、今は神戸でいろいろなジャンルの音楽家と交流し、刺激を受けながら活動しています。神戸にはビエンナーレのように、まちなかで演奏する機会があるのがいいですね。幸い今は吹奏楽が盛んになり、女性の奏者も多くなりました。僕の生徒には、ミハエルス先生の教えをきちんと伝えていきたい。プロを目指すのは一部の者かもしれませんが、音楽を伝えるのにプロ・アマの別はありませんから。
―門下生には厳しいのですか?
技術面だけでなく、演奏する態度、心掛けには厳しいです。コンサートって、日時も会場も曲目も演奏者が決めるでしょう。代金を払うお客様が、開催時間に指定場所へ行ってプログラム曲を聴くわけですよ。普通の商売ならそんなこと考えられない、本当は演奏する側が出向くべきじゃないのかな。だからお客様にはまず来ていただいて感謝、聴いていただいてまた感謝なんです。生徒たちには「楽しかった、また聴きたいな」と思っていただける演奏会にしないといけない、と指導しています。
―これからの活動について教えてください。
僕自身のライフワークはブラームス、モーツァルトの室内楽。ブラームスは一番好きですね。室内楽をもっと勉強をして、演奏したいと思っています。現代に作曲された曲も、機会があればやりたい。新しい作曲技法による現代曲は作曲家の挑戦でもあり、演奏する者にとって新しい世界ですから興味深い。例えばモーツァルトの曲と現代曲…なんていうプログラムのコンサートも、また楽しいかもしれませんね。 (2016年4月5日取材)
サービス精神あふれる小川さん。これからも神戸で、楽しい演奏を繰り広げてくださることでしょう。
とみさわ かよの
神戸のまちとそこに生きる人々を剪画(切り絵)で描き続けている。平成25年度神戸市文化奨励賞、平成25年度半どんの会及川記念芸術文化奨励賞受賞。神戸市出身・在住。日本剪画協会会員・認定講師、神戸芸術文化会議会員、神戸新聞文化センター講師。