2月号
僕、落語が好きなんです。 落語家 月亭 方正さん
西宮駅近くに『西宮えびす亭』が誕生してこの春で2年になります。月亭方正さんが、生まれ育った町に開いた小さな寄席です。
方正さんが落語を初めて聞いたのは40歳前。それからどんどん好きになり、“聞く”を越えて“演じる”側へ。そして現在も落語をもっともっと知りたい、もっともっとうまくなりたいと話されます。好きなことを得て人生が輝き出したという、方正さんのお話。西宮えびす亭にてうかがいました。
始まりは不惑の年。
Q.「こんにちは」って靴を脱いで入るえびす亭の雰囲気、いいですね。
西宮神社も近いし、駅も近くていいでしょう。ここに“笑う場所”を作るのもいいなと思ったんです。目的は特になく、そう思っただけ。どんな人にも好きなように来てほしいし、落語家さんにも自由にどうぞって言ってます。落語だけでなくお客様感謝祭をしたり、1人で6席っていう実験的なことに使う人もいたり。
Q.方正さんはどのようなことを?
ネタおろしはここでします。お客さんの様子が全部見えて、チラッと時計を見るとか、緊張するんですけど。その緊張感もいいかな。
普段、僕は、客席を暗めにしてもらうんです。話を“聞いてる”だけでなく“想像する”ことで落語はおもしろくなるので、話の世界により入っていけるように。演出としては舞台と客席を分けますけど、頭の中では繋がるというか、一体感が生まれると思ってます。
その演出がね、この小さな寄席ではできない。ここは明るい話に向いてると思う。しんみりした人情噺はほとんどしていないです。「あ~おもしろかった」って帰ってほしいから。
Q.落語はお好きでしたか?
いいえ、全然(笑)。
1968年生まれの僕には生まれた時からテレビがあって、ドリフターズ、ひょうきん族、ダウンタウン。おもしろすぎて僕らの世代に落語が入る余地はなかったです。歌舞伎、文楽、狂言の並びに落語があった。おじいちゃんがやるみたいな。
テレビで仕事する芸人として、新しいものを次々作っていかなくてはいけない。長い間そんな世界にいましたから、古いものはいらない、壊す、潰す。古典芸能から学ぶ気がなかったんです。
Q.でも職業にするほど好きになった。
そう。不惑の年齢ですよ。お笑いの世界で突っ走ってきて、名前も知ってもらえてこんなもんだろうと思ってたのに。孔子さんってすごいですね。
きっかけは同い年の先輩、東野幸治さん。当時モヤッとしていた気持ちをちょっと話すと、
「落語聞いたら。枝雀とかおもろいで」
「落語?いいですって。そんなおじいちゃんみたいな」
僕はまったく聞く気はなかったんですけど、次に会った時に「聞いた?」って聞かれるでしょ。「聞いてない」とは言えないから渋々TSUTAYAで桂枝雀のCDを借りて。で、あっさりはまったんです。
Q.枝雀さんすごいですね。
『高津の富』でした。ネタも良かったし、まくらも良かった。どうせ古臭い話だろうと思ってたら、「宝くじってすごいですねぇ。1億なんぼですよ」から始まって、僕、ピクッとしました。そこからもう、ターターターターッと始まって、「あれ?何これ、おもろいやん。えっ?こんなんなん?」。吉本新喜劇を1人でやってる!?「おもろいやん、落語!」。人生が変わったんですよ。子どもが新しいおもちゃをもらった感じと似てますね。
それから枝雀をドワーッと聞いて、十代目馬生、志ん朝、談志…。
Q.初めての人へのおすすめは、枝雀さん?
いいえ(笑)。志の輔さんの『緑の窓口』と『親の顔』。まずは、落語って古臭いものじゃない、おじいちゃんのものじゃないって知ってほしいから。きっともっと聞きたくなるから、枝雀はそれからかな。
Q.東野さんのアドバイスも的確でしたね。
あの人って、真実の人なんです。嘘を言わない。若い時から。30年近い付き合いになりますけど、いつも冷静に的確に本当のことを言う。
僕に落語を勧めたのにもちゃんと理由があって、歌が上手い、音感とリズム感がある、演技ができる、そんなことを言われました。実際やってみると、どれも落語に必要な力なんです。
嬉しいことがあってね、円広志さんが寄席にきて褒めてくれたんです。「お前は声がええ。お前の声は泣き声やねん。泣き声は人情噺でグッとくる」。
これって、落語が僕に合ってるってことでしょ。嬉しかったなぁ。
知命の年。今のこと。
Q.40歳で別の世界に入っていく。難しいことですよね。
稽古って何百回もやるんです。何百回もやらないとできない。辛いですよ、できないんですもん。でもそれがね、嫌じゃない。嫌どころかもっと稽古しなくちゃって思うんです。それで気がついた。僕って真面目なんだ!
子どもってゲームに夢中になる、放っておいたら何十時間でもやるでしょ。ゲームに対して真面目です。それ、今の僕にとっての落語です。好きだから何時間でも真面目にやれる。僕は落語が好きなんです。
妻の言葉も背中を押してくれました。「こんにちは~、おぅこっち入り~」。毎日毎日家で稽古するのを聞いていたのは妻です。その妻がある時、「もう大丈夫」って。何も不安なく、落語の道に来ることができました。
Q.師匠は月亭八方さんですね。
吉本興業の先輩で、友だちの八光君のお父さん。何百年も代々守り続けてきた芸能の世界での師匠だけど、難しいことは言わず、ちゃんと受け入れてくれました。
落語家という職業に就きたいのは、お金がいっぱい欲しいとか、有名になりたいからじゃない。やりたいという気持ちだけだったので、『月亭方正』の名前をもらって堂々と仕事ができる。それだけでありがたいと思っています。
Q.あらためて、方正さんが思う落語の魅力とは。
処世術をおもしろおかしく学べるところです。
日本人はどんな神様を信じてもいいし、考え方も自由です。でも、どの国にもその国の“らしさ”があるように、“日本人らしい”考え方って昔からあるように思います。
『武士道』が、海外ではいまだに日本人らしさと見られていると知って、僕も読んでみようとチャレンジしてるんですけどね。圧がすごい。「方正、お前、また酒を飲んだらしいな」。怖い声が聞こえてきそう。厳しいんですよ、武士道。「腹を切れ」とか言われそう(笑)。僕、気持ちが弱いから、とても読めないです(笑)。
その点、落語は「そうか、方正、また飲んだか。まぁ、次からはがんばれよ」って(笑)。落語にはどうしようもない酒呑みが登場しますけど、情けがある。赦し、認める。だって人間って弱いものでしょ。
Q.確かに、落語の神様は懐が深い。
『井戸の茶碗』って噺があるんですけど、300文で買った仏像から50両が出てくる。売った人、買った人どちらのもの?っていう。「わしのものだ!」っていう喧嘩じゃない。どちらも善人で仲介人も善人なので「わしの物ではない、返して参れ」の繰り返しになる。正直でしょ。演じていると僕の魂も返してるんです。登場人物と同じく、僕も正直な人間になってる。
元は辻噺といって寺社の境内なんかで聞かせる身近にある芸でしたから、人は落語を聞くことで学んでいたんじゃないかなと思うんです。人として大事なこと。僕がそうですもん。失敗を許してもらいながら、時間をかけてですけどね。どんどんいい人間になっていくと思いますよ、僕。そういうところ。落語っていいですよ。
photo・黒川勇人
text・田中奈都子
プロフィール
月亭 方正(つきてい ほうせい)
1968年、兵庫県西宮市生まれ。よしもとクリエイティブ・エージェンシー大阪本部所属。本名・旧芸名:山崎 邦正(やまさき ほうせい)。2013年1月より芸名を高座名「月亭方正」に改名。2009年12月上方落語協会入会。2019年 東京理科大学 臨時講師就任。2008年 自身初の写真集&エッセー「奇跡」を出版。2013年「僕が落語家になった理由」出版。2018年「落語は素晴らしい–噺家10年、根多が教えてくれた人生の教え」出版。2020年 Ho-Say音楽プロジェクトとして「落語×音楽」の融合に挑戦した楽曲「看板のピン」配信リリース。