1月号
未来を駆ける神戸の新風 VOL.8|不易流行の 酒造り
伝統×新たな価値 創出への挑戦!
正月に欠かせない縁起物のひとつに日本酒がある。そして、その日本一の生産量を誇るのが神戸市から西宮市に位置する「灘五郷(なだごごう)」である。灘の酒は江戸時代中期以降、上方から江戸に運ばれる「下り酒」の主流となり、その味に江戸の人々が酔いしれた。そして、「下り酒」から転じて「下りもの」が高級品の代名詞となり、逆に粗悪品や取るに足らないものを「下らないもの」と呼ぶようになったのだとか。それだけ灘の酒は質が高いということだろう。そんな酒造りの伝統を今も受け継ぐ「灘五郷」は、日本酒文化を伝える観光地としても人気であるが、いち早く酒蔵を資料館として公開し牽引してきたのが、西郷(にしごう)で1717年に創業した「沢の鶴株式会社」(灘区新在家南町)だ。今回は、伝統の酒造りを守りつつ、新しいニーズに応える革新的な商品の開発に挑み、日本酒に新たな価値を生み出そうと挑戦を続ける西村隆社長にお話を伺った。
「できる限り先頭に立ってチャレンジ!」老舗の挑戦!
御社のシンボルマークは「※」ですが、ルーツは米屋さんだったそうですね。
はい。もともと、米屋の副業で酒造りを始めたと伝わっています。そういったルーツがあるので、現在まで、米にこだわり、米を大切にする酒造りを行ってきました。
そういった大切な部分はしっかり継承しつつも新たな挑戦に取り組んでおられますが、その想いをお聞かせ下さい。
やはり伝統、歴史があるというのは、凄いことですし、良い部分もあるのですが、私は入社したとき、老舗ならではの、真面目で保守的である社風に触れ、良い面だけでなく、そうでない面もあると感じました。
私は、創業300周年の年に社長に就任しましたが、良い部分は当然継承しながら、今の時代や環境に合わせて変化していかないといけない、というのは強く考えており、就任してから「チャレンジしよう」というのをずっとスローガンで言い続けています。
保守的なところを変えていくということでしょうか?
はい。そのために色々な新しいことにチャレンジしていこう、というのを自分自身もできる限り先頭に立ってやっています。
挑戦で言うと、去年、ノンアルコールビール市場にも参入されました。
オランダのノンアルコールビール「Bavaria(ババリア)0・0%」の販売権取得のことですね。
ババリアを製造するロイヤルスウィンケルズファミリーブルワーズは、1719年創業の歴史がある会社で、当社と同じようにファミリー企業です。
我々も、ここ10年近くノンアルコール市場が拡大してきているのは肌で感じており、興味があった事業領域でした。そんな時にちょうどご縁があり、お互いに歴史があるファミリー企業という共通する部分もあり、パートナーシップを結びました。
どういった特徴のノンアルコールビールですか?
真空蒸留による脱アルコール製法という、まず初めにビールを醸造して、その後アルコールだけを抜き取る技術を用いています。ですのでノンアルでありながら、ビール本来の味わいを楽しめるものになっています。
去年3月から販売していますが、全国でご好評を頂いておりまして、実際に売り上げも伸びています。
日本酒に新しい価値をつけて新しいニーズを開拓!
自社商品では、日本酒の長期熟成に取り組む新ブランド「八継」という新しい展開も行っていますね。
「八継」の仕込みが行われたのは50年前の1973年。この年、日本酒の国内出荷量がピークを迎え、全国的に造れば造るほどお酒が売れていたそうです。そんな時代にあえて日本酒を熟成させることを選択しました。
造っただけ売れる時代に熟成させるというのは、当時、理解されにくい行動だったかもしれません。しかし、結果として、いま新しい価値を加えて世の中に提案することができました。価値ということで言うと、我々は、「時間」という価値をお届けしたいと思っています。日本酒の価値は、原料米や製法といったもので評価されてきましたが、それらとは全く異なる「時間」という価値をお客様にご提示することが、この新しいブランド「八継」によって可能になったのです。
「新しい価値」ということについてもう少しお聞かせ下さい。
これについては、チャレンジしていく、新しいものを生み出していく、新しい価値をお客様にご提案していくというのが大事で、それを価値と認めて頂けるかどうかはお客様の判断になりますが、我々メーカーとしては、常に何か新しい価値を提供していくことが使命と考えています。早いスピードで環境や市場が変わっていく時代ですし、ライフスタイルも変わっていく中で、伝統にあぐらをかくのではなく、「やり続ける」のが大事だと考えています。
企業とのコラボもその一環でしょうか?
プロダクト共創プラットフォームを運営するTRINUS(東京・世田谷)とのコラボで生まれた「100人の唎酒師」やヤンマーとの「酒米プロジェクト」ですね。
やはり、新しいことをやり続ける、と言っても自社だけのリソースでは限界があるんです。一段、二段進化した何か新しいことをやる中で、異業種というのは選択肢として、面白いものや、新しいものが生まれる可能性を感じています。
どうしても自社だけの観点で見てしまうと、今までの発想を超えられないですし、第三者から見て頂くことで「面白い」と気づかされることがあります。その例が「100人の唎酒師」です。
当社には100人以上の唎酒師がいるのですが、我々にとっては当たり前になっていたんです。しかし、TRINUSから「その100人が一番美味しいと思うお酒を商品化しましょう」と言われたことで、その価値に気が付きました。ちょっとしたひと工夫で新しいお客様に刺さる商品は生まれるのだと改めて思いました。
“灘”の酒造メーカーとしての誇りと神戸への想い
御社は文化面の価値の発信にも力を入れておられますよね。
その拠点となっているのは「沢の鶴資料館」ですね。実際に江戸時代に酒造りをしていた蔵を、そのまま一般公開しているのは全国でも非常に珍しいと思います。また、兵庫県の重要有形民俗文化財に指定して頂いています。そういった建物を通して日本酒文化を伝えていくことは大切だと捉えています。お陰様で去年はコロナ禍前よりも来館者数が増加しました。外国人の方にも数多く来ていただいており、日本の酒造り、歴史、建築、色々な角度で関心をもって頂いていると思います。
灘五郷には他にも資料館が点在していますが、それぞれ個性がありますので、色々と巡ってそれも感じてもらえたらと思います。
西郷・沢の鶴ならではの個性についてお聞かせ下さい。
“灘”五郷といいますが、“灘”区にあるのは西郷だけですので、そこは誇りに感じています。
また、当社に伝わる心得のひとつに「酒は造るものではなく、育てるもの」という言葉があります。我々は、お酒を工業製品や加工品として捉えるのではなく、まるで自分の子どもを育てるかのように見つめ、ときに手を差し伸べ、自分たちの手を離れるまでともに過ごしています。その中で生まれる味わいを感じて欲しいですね。
最後に、御社にとっての「神戸とは?」
我々は、1717年からこの地で酒造りをしてきましたので、やはり、地元への感謝や、少しでも恩返しがしたい、という気持ちがあります。
灘は日本一の酒どころであり、灘の酒は神戸のコンテンツのひとつだと思うので、価値の高い酒を造り続けて神戸を盛り上げていきたいと思います。
沢の鶴株式会社
代表取締役社長
西村 隆 (にしむら たかし)さん
1977年3月18日生まれ。甲南大学 経営学部経営学科卒業後、雪印乳業株式会社(現:雪印メグミルク株式会社)に入社、2003年沢の鶴株式会社に入社。2010年に取締役、2012年に常務取締役、2014年に専務取締役、2017年に代表取締役社長に就任。異業種とのコラボによる商品開発やノンアルコールビール市場への参入など、伝統を重んじながらも新しい取り組みにチャレンジしている。
〈プロフィール〉
蔭岡翔(かげおか しょう)
放送作家・脚本家
神戸市東灘区在住。関西の情報番組や経済番組などを企画・構成。日本放送作家協会関西支部監事。日本脚本家連盟関西地区総代
〈取材を終えて〉
「若者の日本酒離れ」が指摘される一方で、海外においては、和食ブームと共にプレミアムな日本酒の価値が認められ、日本酒需要は高まっている。
西村社長に伺うと、一口に海外と言っても、ヨーロッパとアメリカ―もっと言えば、ヨーロッパの中でもドイツやフランス、イギリスなど、その国によって売れるお酒が全く違うそうだ。将来的には、国ごとに細分化して、その国にあった商品を作ってみたいと語っておられた。
歴史に裏打ちされた品質とともに、新たな付加価値で新しいニーズを捉えようとする沢の鶴。その不断の“挑戦力”で灯し続ける神戸の文化を改めて感じながら、灘の酒を味わいたいと思った。