11月号
時が進んでも巡っても ここに立ち止まるあなたと
はぐれないように 私は歌いたい
シンガーソングライター 半﨑 美子さん
ある時、雷にうたれたように「歌手になる!」と人生を決めた半﨑美子さん。全国のショッピングモールを舞台にライブ活動を続ける姿が、数々のメディアで紹介されました。ライブ会場のどこかで必ず涙する人がいるという半﨑さんの歌は、ショッピングモールのお客様から「いただいたもの」が力となり生まれているとのこと。関西にてちょっと“立ち止まって”いただき、当時のこと、アルバム収録曲のこと、お聞きしました。
歌うことが仕事になるまで。
プロフィールには「大学在学中に音楽に目覚め」とありますが、それまで音楽は?
普通に聴くくらいです(笑)。音楽を初めて意識して聴いたのは、中学生の頃、姉が聴くカーペンターズでした。「いいな」「好きだな」と初めて思った音楽。ドリカム(DREAMS COME TRUE)、渡辺美里も好きで、家では歌っていました。
今思うと「目覚め」のきっかけのひとつが高校の文化祭。ステージで、大好きな曲、ドリカムの『すき』を歌ったんです。ダンスとか色々な出し物がある中で1位に選ばれて、拍手をたくさんもらいました。それが人前で歌った初めての経験で、その感触が奥底に残っていたのだと思います。
そこでは音楽の道へ進もうと考えなかったのですね。
そう、地元の大学へ進学しました。歌手になると決めたのは入学後。クラブでR&Bを歌う友だちが相方を探していて、R&Bやソウルなどの洋楽を一緒に歌うようになりました。デスティニーズ・チャイルドやTLC。当時流行っていたノリのいい音楽です。今歌っている音楽とは全く違うジャンルですけれど(笑)。
そのうち、洋楽のインスト曲に詩をつけて、勝手にオリジナル曲にして歌い始めたんです。そうしたらそれが好評で、喜んで聴いてくれる人がたくさんいて。そこでようやくですよ、「歌手になる!」(笑)。「東京に行かなきゃ!」って思ったから大学は辞める、住む場所と仕事を探さなくちゃいけない、父は猛反対。
プロフィールでは1行ですけど(笑)、大事件ですね。
雷に打たれたというか何かにとりつかれたというか。でも行動したら何かが始まると信じていたんです。住み込みで働けるパン屋さんに採用が決まった時は嬉しかったですよ。歌手になる未来に1歩近づけたような気がして。
ピアノもそれから練習を始めました。子どもの頃、ピアノのお稽古は続かなかったのに、やっぱり目標があると人はがんばれるんですよね。
ショッピングモールで歌う日々。
曲作りもライブ活動も1人きりで始めたのですね。
曲作りは自然にできました。私の場合、伝えたいメッセージにメロディがついて歌になって、頭の中に流れてきます。歌にするのは自分の中にある感情なので難しい言葉は使わないし、わかりにくい表現もありません。それは今も同じです。
ショッピングモールでライブをするようになってから楽曲は変わりました。ライブ後のサイン会で、お客様が苦しみや悲しみ、抱えている問題などを話してくれるのですが、ショッピングモールって生活の場所だからなのか、初めて会う私にオープンに話をしてくれました。その声が自分の中にとどまって、溜めておく器がある感じかな、そこからある時、ワッと湧き上がってきて歌になります。私の歌は誰かの想い。歌いながら涙が出てきてしまうこともあります。
お客様は歌に共感し、半﨑さんなら自分の気持ちをわかってくれると思うのでしょうね。『道の上で』の歌詞にありますね。「たった一人の味方に会えた」。
だとしたら、歌う意味がありますね。誰しも悲しみや悩みをもっていながら、でもそれを言葉にすることなく生きています。普段、そういう負の感情を吐き出す機会ってないですものね。私の歌を聴いて「自分と同じ気持ちだな」とか「苦しいのは自分1人じゃない」とか思ってくれたら、私に話をしてくれた方の想いも救われる気がします。
ツアーのサブタイトル
「~5周まわって立ち止まる~」
この夏リリースされた『うた弁3』のリード曲『足並み』は“立ち止まる”人へのメッセ―ジですね。
私自身、上京してから進むことだけを考えていました。止まってはいけない、成長しなければいけないと思っていました。皆さん、そうだと思うんです。「進むことがいいこと」。でも私はこの数年で、立ち止まったり、振り返ったりすることも必要だと思うようになりました。疲れてしまうこともあるし、生きていれば、悲しい別れや大きな悲しみがあることも。それで進めなくなる人もいます。そんな人に私は、“進もう”とは言えない。“歩き出すのは先でいい”と思うのです。「がんばろう!」「前に進もう!」という歌もあるけれど、私は、立ち止まる人のそばにいて歌いたい。私はそうしたい。そんな気持ちを歌っています。
“足りないものなどない”と歌う『心の活路』はNHKラジオ深夜便のテーマ曲として反響を呼びました。
深夜、今日から明日へ向かう時間に流れる曲なので、「明日も生きていこう」と思える歌を作りたかった。「どうしたら明日を生きたいと思うか」を考えた時、私なら「歌を歌えたらいいな」。私は生きている。歌を歌える。それだけですばらしいことですよね。不足しているところに目を向けてしまうけれど、生きていることへのありがたさ、歌えることへのありがたさ。試練もあるけれど明日も生きよう。自分への言葉にもなった歌です。
『地球へ』は2005年に亡くなった歌手、本田美奈子さんが残した散文を原案として作った歌ですね。
本田美奈子さんが残された散文はいくつもありました。どこか予言的で、自然との共生を願う言葉が並んでいました。虫の声や空の願い、海の祈りが聴こえる人だったのではないかと思います。環境問題に警鐘を鳴らすとかではなく、私たち自身が地球の一部であることへの意識をもっていたら言葉はなくても何か会話が生まれる気がする。地球が求めていることがわかってくる気がする。そんな歌になりました。
アルバム収録の新曲をコンサートで聴くことができるのは楽しみです。
5周年を記念し、森山直太朗さんが書き下ろしてくださった楽曲『蜉蝣のうた』も本当に素晴らしい歌。3年ぶりのツアーでお客様に聴いて頂けるのは、私もとても楽しみです。この数年、音楽に自分がどう向き合っていくかを考え続けていました。考え、曲を作ることで、私は歩み続けてきました。コンサートでは、聴きに来てくださる方と一緒に立ち止まり、歌を歌います。終わったら「またね」ってそれぞれの歩み方で会場を後にする。次の日からまた日常が始まるけれど、その時にちょっとだけでいい、前を向くことができていたらいいですね。歩き出さなくてもね、ゆっくり。ゆっくりでいいと思います。
半﨑 美子(はんざき よしこ)
北海道生まれ。大学在学中に音楽に目覚め、中退し上京。事務所やレーベルに所属することなく個人でショッピングモールを回り歌を歌う。そこで出会った人々の人生に触れ、生まれた歌は数々のメディアに取り上げられ「ショッピングモールの歌姫」として話題に。東京・赤坂BLITZの単独公演は3年連続開催ソールドアウト。17年の下積みを経て2017年メジャーデビュー。
NHKみんなのうた「お弁当ばこのうた~あなたへのお手紙」や、「サクラ~卒業できなかった君へ~」など全8品を収録したメジャー1stミニアルバム「うた弁」はロングヒットとなり、「第50回日本有線大賞新人賞」を受賞。2018年MBS/TBS「情熱大陸」で生き方や学校訪問の様子が放送され反響を呼ぶ。2019年「明日への序奏」が教育芸術社より発売の中学生の音楽教材に掲載される。天童よしみさんへの楽曲提供で話題となった「大阪恋時雨」は第70回NHK紅白歌合戦でも歌われた。自分の歌が自分自身よりも長生きすることを願い、歌が教科書に載ることが一つの夢である。