8月号
ものがたりの向こうには、いつも子どもの姿がある
岡田 淳さん 児童文学作家
児童文学作家として、小学校の図工の先生として、長年子どもの心に寄り添い続けてきた岡田淳さん。今夏は、代表作『こそあどの森』シリーズが4年ぶりの新作発売、さらには劇団四季によるミュージカルも上演されるなど、話題に。大人の読者におすすめの新刊童話『チョコレートのおみやげ』の誕生秘話も併せて伺います。
ぜんぶ”神戸”でできた、チョコレートのものがたり。
―新刊『チョコレートのおみやげ』は、1976年の『月刊 神戸っ子』の連載がもとになって生まれたお話なんですね。
そうなんですよ。僕はその頃、『神戸っ子』ではずっと漫画を描いていたんですが、半年ほど趣を変えて見開きの絵本のようにしたおはなしを書いていた時期があったんです。その一話が『気球乗りの鶏』でした。このはなしは、書き終えてからももっと深めてみたいなぁという思いが残っていてね…。それでその数年後に、日本児童文学者協会から各都道府県の創作童話をおさめた本を作りたいとお話をいただいたとき、『気球乗りの鶏』を膨らませようと思ったんです。僕が好きな神戸の、坂道や異人館や風見鶏、港…それにチョコレート(これも神戸っぽい!)を組み合わせたおはなしにしよう、と。ですから、おはなし自体は22年前には完成していたんですよ。
このお話は、僕の得意とする“話中話”(お話の中に入れ子のようにお話がある形式)のスタイルで、神戸っていう僕の一番好きな場所の話で…と思い入れも大きくて。なんとか一冊の本にできないかと思っていたところ、この度、実現できてとてもうれしいです。
―はじまりから数えると45年もの歳月を経て、一冊の本になったのですね。植田真さんの絵もまた詩的で、大人がゆったり読みたくなる本ですね。
植田さんも神戸にお住まいで、神戸のBL出版さんからの発売でしょう。 全部神戸でできた本なので、ぜひ神戸の人たちに手に取っていただきたいなあと思っています。
―最後の、みこおばさんとゆきちゃんの会話に心がきゅんとしました。
実は、『神戸っ子』の生みの親の小泉美喜子さんから名前を拝借しました(笑)。当時、ご本人にも伝えたんですが、覚えておいででしょうか。
図工の先生×漫画家×演劇=児童文学作家・岡田淳
―『月刊神戸っ子』に初めて書いたのはいつですか。
まだ大学生だったころ『星泥棒』という漫画を描いていたんですが、教授が「面白いやつがいる」って、『神戸っ子』の小泉さんに紹介してくれたんです。そしたら「じゃあ、描いてみる?」って。
―漫画からスタートされたのに、どうしてお話を書くようになったのですか。
僕はずっと小学校の図工の先生をしていたでしょう。授業で「ものがたりを聞いて絵を描く」という課題があったんです。ところが、子どもたちがちっとも面白くなさそうで(笑)。「そんなら自分でおはなしをつくってやろう」って思ったんです。それで初めて書いたのが、『ムンジャクンジュは毛虫じゃない』(偕成社)でした。
―その後の作品でも図工の先生としての経験は影響していますか。
それはもう!僕が児童文学作家になったのは漫画家であったのと、演劇を高校時代からやってたこと、小学校の図工の先生だったこと、この三点セットがあったからです(笑)。
―先生のお仕事は、最後まで続けられたんですね。
はい。50歳くらいから作家一本でとも思ったのですが、その頃から子どもたちとの毎日がどんどん面白くなってね、これはやめられんわいって思って(笑)。退職してからも十数年、西宮市の小学校の演劇クラブで子どもたちの指導をしていました。全員が出てくる脚本を書くのが毎回至難の業でしたけど(笑)。
―作家さん本人が自分たちのために脚本を書いてくれるなんて、贅沢ですね。
いや、僕はただ地域の住人というだけで(笑)。でも面白いものでね、演劇をやっているうちに子どもたち自身が、“舞台に出てる人も出てない人も一つになれた”って感じられる時があるんですよ。一体感みたいなことでしょうね。「あー今日の良かったなぁ」なんて声を聞くと、その時は少しはその子らの血や肉となれたかなと思ったりします。
この夏は、あの『こそあどの森』の住人たちが大活躍!
―4月に『こそあどの森』シリーズの番外編『こそあどの森のおとなたちが子どもだったころ』(理論社)も出版されましたね。
シリーズ自体は、僕が最初にスケッチブックに下絵を描き始めた頃から数えると25年。4年前に12巻で完結しました。なんで12巻かっていうと、僕の好きな『ドリトル先生』や『アーサー=ランサム』が12巻で完結しているから(笑)。
12巻も続けていると初めのうちは妖精たちがしているあれこれをのぞき見している感覚だったのが、いつの間にか、登場人物がみんな実在の知っている人みたいになっちゃって。まあ、そうやって等身大で捉えられるようになったのが、やめるきっかけでもあったんですが。
―どうしてもう一度書こうと思われたのですか。
4年たって、読者の方から「あの世界にもう一度行きたい」というお声をいただいたりするようになって、僕自身も「あの人たちに会いたい」という気持ちが強くなったんです。でも一度完結した作品だから、13巻目になる今回は違うアプローチにしようと、短編集の形でこそあどの森の大人たちが子どもだったときのお話を書きました。5人分、5冊のスケッチブックを用意して、それぞれの子ども時代を考えるのは楽しかったです。
―皆、個性あふれるキャラクターですものね。
実はね、第1巻からキャラクターってできあがってはいないんですよね。1巻ごとに事件が起こって、「この登場人物はこんなこともするんだ」と僕にも分かっていくというかね。人物がどんどん立体的に造形されていくんですね。ただの面倒見のいいおじさんであったポットさんが、意外とリアリストだったりして、僕が「へぇ〜」なんて思っている。
―巻を追って成長していくのだと思っていました。
主人公のスキッパーも、もちろん少しずついろんなことができるようにはなっているんですよ。でもスキッパーは、自分一人で本を読んだり、星を眺めたりして過ごすのが好きなんです。第一巻からそこは絶対に変わらない。必ずしもみんなとうまく付き合えるようになることが成長とはかぎらない。
書くときに特にメッセージなんて考えてるわけじゃないんですが、そういうタイプの子を応援したいというか、まあ僕がそういう子どもであったかもしれないし(笑)。君たちの味方であるよとは伝えたいなと思っています。
―最近の子どもたちと接していて感じることは。
本質的な部分は変わったとは僕は思わないですね。もちろん、アンケートをとると、「きらいなもの:先生のつまらないギャグ」と書いてくる子なんかいたりしてね、そんな時は思います。昔の子だったらきっと書かなかっただろうなあ(笑)。大人と子どもの関係でいえば、いまの子たちはずいぶんフラットにとらえているんだろうとは感じます。
そんな子どもたちですが、演劇クラブの最初の練習で、「姿勢をこうして声を向こうに投げかけるようにやってごらん」と言うと、一生懸命その通りにやってみますよね。一時間の終わりに子どもたちの声が随分違ってくる。「あっ、先生の言う通りにやってたらこんなに変わるんだ」ということが体感できたら、帰りしなに、「ありがとうございました!」って帰っていく。実学的なところで感動できれば、大人に対する信頼みたいなものが生まれるんじゃないかと思うんです。まあ、いつも成功するわけじゃないんですけどね。
―大人の側も努力していないと先生と子どもの関係も成り立たないですね。
そういうと、「こそあどの森」には、親子ってでてこないんです。夫婦や兄弟はいるけど、ふたごにいたっては誰が育てているのかわからない(笑)。そして、学校もない。
―子どもにとってのあこがれの世界ですね。
でも、学校と親がない世界でも、何かを学んでいくことは大切でしょう。こそあどの森では、ポッドさんやトマトさん…周りの大人たちが必要なことを教えてくれる。母親的なもの、父親的なものから解放されて自然に誰かがそれをカバーしてくれる世界なんです。
もちろん親とか学校を否定するわけじゃなくて、楽しい世界を考えたら、そういうのがない世界だったというわけでね(笑)。親って度が過ぎてしまうこと、あるでしょ。
“適度な距離感”っていう面でいえば、図工の先生と子どもたちという関係も、こそあどの世界の関係に少し似ているなと思っているんですよね。
―シリーズ6巻の『はじまりの樹の神話』が劇団四季のファミリーミュージカルとなって上演されますね。
嬉しくありがたいお話です。ほかにも、僕の作品を上演してくれている劇団がありますが、ある方が「演劇というのはテーマがなくちゃいけない。岡田さんの作品にはテーマがあるから」って話してくださったそうです。僕としたら、ただどうしたらお話が面白くなるかって考えて書いているだけなんですがね(笑)。
―どんな舞台になるか楽しみです。これからの活動は。
漫画とおはなしを組み合わせた何かできないかなとか、したいことはたくさん!児童に向けて書きたいと考えてはないですが、結局僕はそうなってるみたい(笑)。
言葉や絵で描かれた面白いもの、それは僕が楽しいから書いているんであって、子どもたちがそれを読んで「世界って楽しいかもしれない」と思えるような作品を作れたらいいなと思います。
岡田 淳(おかだ じゅん)
1947年兵庫県生まれ。神戸大学教育学部美術科を卒業後、38年間小学校の図工教師をつとめる。 1979年『ムンジャクンジュは毛虫じゃない』で作家デビュー。その後、『放課後の時間割』(1981年日本児童文学者協会新人賞)『雨やどりはすべり台の下で』(1984年産経児童出版文化賞)『学校ウサギをつかまえろ』(1987年日本児童文学者協会賞)『扉のむこうの物語』(1988年赤い鳥文学賞)『星モグラサンジの伝説』(1991年産経児童出版文化賞推薦)『こそあどの森の物語』(1~3の3作品で1995年野間児童文芸賞、1998年国際アンデルセン賞オナーリスト選定)『願いのかなうまがり角』(2013年産経児童出版文化賞フジテレビ賞)など数多くの受賞作を生みだしている。
劇団四季ファミリーミュージカル
『はじまりの樹の神話~こそあどの森の物語~』
2021年8月15日(日) 東京・自由劇場にて開幕!
9月より全国公演スタート!
こそあどの森で暮らす主人公・スキッパーと大昔から来た少女・ハシバミの交流を通して、人と人とのつながりの大切さを描く、劇団四季のオリジナルファミリーミュージカル最新作です。
〇東京公演
2021年8月15日(日)~8月29日(日) ※前売り券は完売
〇関西での公演
<2021年>
・12/4(土) 赤穂(兵庫)
<2022年>
・1/12(水) 神戸(兵庫) ・1/16(日) 豊中(大阪)
・1/18(火) 枚方(大阪)
・1/20(木) 草津(滋賀) ・1/29(土) 西脇(兵庫)
・1/30(日) 岸和田(大阪)
〇ライブ配信
・8/21(土)
・8/28(土)
いずれも11:30、15:00開演。
オンライン動画配信サービスにてご覧いただけます。
詳しくは、劇団四季オフィシャルウェブサイトをご覧ください。