2020年
8月号
8月号
Tadanori Yokoo|神戸で始まって 神戸で終る ⑦
兵庫県庁の先きの中山手六丁目の下宿から徒歩で三宮駅までかなりあったが、まだ二十歳の肉体にとってはどうってことなかった。かなりの距離だとは思うけれど、田舎育ちの僕にとって神戸は大都会。見るもの触れるもの全てに好奇心が向いた。だけど今、当時を回想してみるけれど、この長い距離の風景の中で何ひとつ記憶に残るものはない。きっと外界を見る目よりも、内界、つまり心の中を眺める目の方に気を取られていて、肉眼に映るものは全て希薄だったのかもしれない。一体何を想い、何を考えながら歩いていたのだろう。
美術家 横尾 忠則
プロフィール
よこおただのり 美術家。 1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞、小説「ぶるうらんど」で泉鏡花文学賞、「言葉を離れる」で講談社エッセイ賞受賞。現在、横尾忠則現代美術館にて「兵庫県立横尾救急病院展」を開催中。(5月10日まで)
http://www.tadanoriyokoo.com