9月号
スポーツ文化を通して質の高いライフスタイルを創造
株式会社アシックス
代表取締役社長CEO
尾山 基さん
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神戸マラソン実行委員会
会長
植月正章さん
マラソンを通じて神戸の魅力を発信
―お二人は同じ企業の先輩、後輩でしたね。
植月 同じ部門で一緒に仕事をした時期はないのですが、私が中心になり優秀な若手を集めていろいろと議論したマーケティングプロジェクトに彼も参加していました。彼は当社では珍しい商社出身というキャリアを持つエリートでした。
尾山 私は入社当時、デパートや専門店の販売部門に所属し、その後、海外事業部に移り、アメリカとヨーロッパを経験し、帰国後はウォーキング部門を10年間担当していました。植月さんのプロジェクトに参加したのはこの頃です。
―さて、植月さんが実行委員会会長を努め、アシックスも協賛する神戸マラソンの開催がいよいよ11月に迫ってきましたね。
尾山 ランナーの参加受付とフィニッシュ地点になるEXPOを、どれだけ楽しい場所にできるかがポイントでしょうね。1人のランナーに、家族や友人などその3倍の人が付いてくると言われています。3万人参加の東京マラソンでは9万人、神戸は2万人参加予定ですから6万人がEXPOを訪れます。メーカーにとってはブランドアピール、神戸市にとっても観光をアピールする良い機会になると思います。
植月 スポーツ系やグルメ関係などいろいろな分野の企業にスポンサーになっていただいていますので、神戸の魅力を発信できると思います。インターナショナルでファッショナブルな神戸らしい大会にして、良い印象を持っていただき、観光のために再度来てもらえればうれしいですね。
―ご苦労や心配もあるでしょうね。
植月 東京のように立体交差がないので交通面での苦労はあります。特に須磨から舞子あたりは、景色を楽しんでいただけるのですが、道路には心配があります。
尾山 東京マラソンでも、1回目は一般の人が通る道が混雑したり、コンビニが人でいっぱいになったり、いろいろ問題がありましたが、2回目でかなり改善され、3回目にはパーフェクトなまでになりました。神戸マラソンもそのペースでいいと思いますよ。
―鍵を握るのはボランティアですね。
植月 2万人のランナーをサポートする人員を、最終的に約8千人予定しています。そのうちの約6千人のボランティアが、受け付け、荷物の受け渡し、給水、給食などで直接ランナーに接します、その人間関係が大会の印象を全て担うと言ってもいいでしょうね。
文化として認められるべきスポーツ
―尾山社長は海外も経験されていますが、国によってスポーツに対する考え方は違うものですか。日本は?
尾山 先進国に関しては、あまり違いはありません。日本が今後向かおうとしている原型も現在の欧米にあると思います。
植月 日本ではクラブスポーツと学校体育の仕組みが大きな転換期にあります。学校別の対抗ではなく、年齢を基準にしたスポーツ体制に変わりつつあります。
尾山 学校体育のクラブに所属していないと地区予選には出られないというのは不合理だと思います。今後はミックスした形で進むのでしょうね。
植月 ヨーロッパではスポーツが文化の一部として認められてきた長い歴史があり、クラブが充実して環境も整備されています。「芸術文化にかける政府予算が1000億円だとしたら、スポーツ行政には100億円。スポーツも文化と認めさせるべきだ」というのが創業者の鬼塚さんの持論でした。
尾山 3年前に、古橋廣之進さんがスポーツ界で初めて文化勲章を受賞されたのは先進的なできごとでしたね。
植月 ようやくそういう段階にきたかなと思います。東京マラソンは転換期の象徴です。今までの競技マラソンとは違い、それぞれに思いがあり、自分を表現する手段としてマラソンを選んだということです。
機能性とデザイン性は表裏一体
―世界で先行する有名スポーツメーカーの背中がアシックスにも見えてきたとか?
尾山 いいえ、見えませんよ(笑)。財務的なスケールが全く違いますからね。NO3のプーマの端の方がやっと見えてきたかと思ったら、M&Aでまた大きく引き離されてしまいました。製品のシェアで勝負すれば、ドイツでは女性のランニングシューズで1位、男性でもかなり良い位置にいます。アメリカではナイキがダントツで60%を占めますが、その次に付けていますし、韓国でも3位に付けています。ランニングに関してはトータルでも世界2位を確保しています。バレーボール、レスリングではアメリカで1位です。オーストラリアではナイキを抑え、トータル1位。局地戦では勝ちもあり、総合戦となるとナイキとアディダスがやはり強いですね。
―人気のオニツカタイガーですが、復刻された経緯は?
植月 アシックスはトップ層に強かったお蔭で、ブランドイメージは確立されました。そのイメージが強すぎてライフスタイルの方向へはいけず、合併した3社が持っていた過去の素晴らしい遺産を生かせないかという思いがありました。
尾山 その頃、私はヨーロッパにいたのですが、イタリアで「復刻したらどうか」というお話しをいただきました。代官山に出店し、続いてフランスに出店が決まりました。現在ではヨーロッパをはじめ、アジア、オーストラリア、アメリカで展開しています。
―ヨーロッパで好まれるデザインや色ということですか。
尾山 グローバルラインとローカルベストの組み合わせという考え方です。
植月 復刻の条件は、ブランドに歴史があり、その中に名品がいくつかあることです。それに時代性、地域性という鮮度をどう足していくかです。
尾山 1949年にスタートしたオニツカの、デザイン性と機能性のヒストリーバリューがあるからできたのだと思います。
―アシックスの特徴はデザインと機能性の2本柱ということですか。
植月 2つは表裏一体です。機能的にすばらしいものはデザイン的にも優れています。機能を追求するプロセスの中で研ぎ澄まされ、無駄なものがなくなり、デザイン的にも美しいものになります。
尾山 スポーツ用品に限らず、車やカメラなど全てがF&F(ファンクション&ファッション)でなければ受け入れられない時代ですからね。
科学的根拠ありきの製品づくり
―イチローさんはじめ、有名選手に独自の製品を提供していますが、ご苦労もあることでしょう。
植月 鬼塚さんのオリジナルな発想で、使っていただく方とのキャッチボールの中で期待に応える製品ができ、高度になればなるほど、科学、医学、物理学など、最先端をいく技術が必要です。更にニーズは選手一人ひとり違いますから、物理的に〝作る〟だけでなく、人間関係を〝作る〟ことも必要。「うちの靴を履いて欲しい」ではなく、「あなたの夢にかけたいから一緒に靴を作りましょう」というアプローチです。
尾山 鬼塚さんは職人芸を嫌っていました。製品は科学的根拠に基づいて、チームで作っていくもの。職人の技は〝シェフの最後の一味〟のようなもの。この一味がまたすばらしいんですがね。
植月 職人芸に頼るのは企業が目指すべき姿ではないということです。98%が科学的に形式化されたもので、残りの1~2%が暗黙値。人間関係だったり、合う合わないの世界です。
尾山 契約関係だけでなく、「お前が言うのなら」という世界ですから、人の配置が最もセンシティブな部分です。
植月 鬼塚さんは理論的で徹底して科学的ですが、人間の情は絶対忘れず、情と理のバランスが絶妙。それが人間的な魅力でしたね。
―植月さんの著書「情と理の経営」ですね。
植月 あの本は鬼塚さんの生前に出版する予定だったのですが、5年も遅れてしまい、一周忌の当日に出版し、墓前に供えることができました。
理論的で分かりやすい理念を継承
―尾山社長は、世界スポーツ用品工業連盟の会長に今年就任されたそうですが
尾山 ヨーロッパ、アメリカ、アジア、各大陸で会長は持ち回りしています。鬼塚さんも2度会長を努めていますが、サロン的な集まりだった同連盟を、スポーツ産業の健全な発展と自由で公正な取引を実現するという実務にも強い連盟に転換しました。
―かなりの重責ですね。
尾山 事務局がしっかりしていますし、ナイキ、アディダスなども入り団体で動いていますから、会長だけが重責ということはないです。
―今後、アシックスが目指すところは?
尾山 アシックスの創業哲学や理念を整理して「スポーツでつちかった知的技術によって質の高いライフスタイルを創造する」をキャッチフレーズに昨年11月「アシックス・グロース・プラン2015」を策定しました。改めて鬼塚さんが持っていた哲学や理念を見て「凄い」と思いますね。非常に論理的で外国人にも理解しやすいようです。
植月 今の最先端のマーケティング理論をさかのぼれば、鬼塚さんが独自にやってきたことがほとんどだと思いますよ。
―グローバルな目標は?
尾山 日本、アメリカ、ヨーロッパを更に伸ばしていくことが基本ですが、生産地としての位置づけだった東南アジアを今後は市場として開拓していきたいと考えています。
―アシックスの本社は創業の地・神戸ですが、今後もずっと拠点は神戸ですか。
尾山 海外から毎年、研修社員が本社にやって来ます。大概は1週間もたてばこの街に溶け込みます。開港140年の歴史を持つ国際都市・神戸だから居心地がいいのでしょうね。今後更にグローバルな企業になっていけば、必要な場所に必要な機能を置くこともあるかと思いますが、本社は神戸。ずっと変わることはありません。
―心強いですね。これからも神戸市民の誇りある企業として貢献をお願いします。
インタビュー 本誌・森岡一孝
尾山 基(おやま もとい)
株式会社アシックス代表取締役社長CEO
大阪市立大学商学部卒業。1974年、日商岩井(株)入社。1982年、株式会社アシックス入社。1996年、フットウエア事業部ウオーキング企画開発部長。2001年、アシックスヨーロッパB.V.代表取締役社長。2008年、(株)アシックス代表取締役社長CEO(現任)。2011年、世界スポーツ用品工業連盟会長。2011年、神戸経済同友会代表幹事。
植月 正章(うえつき まさあき)
神戸マラソン実行委員会会長
1938年鳥取県智頭町生まれ。57年オニツカ(現アシックス)入社。推進部部長、理事、取締役販売促進本部長などを経て、93年常務取締役アスレチック事業本部長、99年専務取締役フットウエア営業本部長。2003年任期満了に伴い退任。現在、兵庫陸上競技協会会長、近畿陸上競技協会副会長、(財)神戸市体育協会副会長などを務める。昨年9月、神戸マラソン実行委員会会長に就任。