2020年
3月号
3月号
笑って、泣いて、心にしみる
『完本 コーヒーカップの耳』 阪神沿線 喫茶店「輪」人情話
笑って、泣いて、心にしみる
『完本 コーヒーカップの耳』阪神沿線 喫茶店「輪」人情話
著・今村欣史
西宮の下町に三十余年、静かに佇む「喫茶・輪」。マスターは、2002年7月号から『神戸っ子』に連載をいただいている今村欣史さん。「私はごく普通の人間ですが、なぜか『輪』には強烈な個性を持ったお客さまが集まってきます」と話す。カウンターの椅子に座ると一様に明るくお喋りを始め、みんなを笑わせて、嬉しそうに帰って行く。そしてまた、明るく、照れながら、憎まれ口をたたきながら、いつもと変わらず強面で…それぞれ個性的に扉を開けてやって来る。「実はすごく淋しがりやなんです。それが愛しくて、愛しくて、私はメモを取り始めました」。一冊の詩集にまとめたのが、2001年に出版された『コーヒーカップの耳』。『神戸っ子』とのご縁の始まりにもなった。
以来、20年近い月日が「喫茶・輪」に流れ、2020年2月20日、書き溜めたメモをもとに、改めて『完本・コーヒーカップの耳』が出版された。「朝日新聞出版社の岩田一平さんが、Facebookを通じて私が書いているものに目を留め、『ぜひ出版しましょう』と声をかけてくださいました。人とのご縁は本当にありがたいものです」。
ごく普通の人たちが懸命に生きてきた戦前・戦中から戦後、そして今に至るまでが時系列に、関西弁の喋り言葉で綴られている。クスっと笑ったり、涙ぐんだり、時にはふき出したり、「なるほど!」と感心させられたり。1作目を手にした田辺聖子さんが「通りすがりに書棚に手をのばして ついよんでしまいます」と語り、今回の作品を「人の世の味わい そのすべてがここにある」とドリアン助川さんが評した。その言葉を納得させてくれる一冊だ。