1月号
2012年新春知事対談 兵庫のおもてなし力
兵庫県知事 井戸 敏三さん × 作家 有川 浩さん
東日本大震災兵庫だからこそできる支援を
―昨年は東日本大震災という大変な出来事があり、兵庫県はいち早く支援に向かいました。まず、井戸知事から総括をお願いします。
井戸 東日本大震災は、阪神・淡路大震災と全く様相が違い、大地震であった上に、津波が襲い見渡す限りが木くずとガレキ、所々に船や家という、大砂漠のような状態になり、さらに福島第一原発事故が追い討ちをかけました。予想もつかないことばかりながら、兵庫県としては直ちにできることをやっていこうと、地震発生翌日には支援本部を立ち上げ、救援物資と人員の派遣の準備にかかりました。関西広域連合としても対応しようと2日後には各府県知事全員が集まり、その翌日の14日には現地連絡事務所を立ち上げました。支援が1カ所に集中しないように連合内で役割分担を決めたことが、現地との課題共有と継続性につながり、少なくとも緊急支援については現地情報を受けて対応できる体制が整ったと思っています。
現在は復旧・復興事業のスタート段階にきています。今までの生活支援中心から、街づくり、そして産業振興とインフラ整備の段階に入り、それらの専門的な人材派遣を行いながら支援を継続していく予定です。
有川 地震発生直後の国の対応に比べ、地方行政は立ちまわりが素早かったという印象がありますね。
井戸 国も道路復旧に努め、支援に入ったのですが、被災者の生活支援に関する細かい部分は、私たちのほうが機動的に動けたかも知れません。
―有川さんの3月11日は?
有川 東京で、児玉清さんとの対談中にかなりの揺れを感じました。私も阪神・淡路大震災を尼崎で経験していますので、大きいけれど震源は東京ではない、東京がこれだけ揺れるということはどこかで阪神と同じ、またはそれ以上のことが起きているなと体感で分かりました。児玉さんが対談を中断しないようにと、最初は揺れに気づかないふりをして下さったのですが、次第に、「これ以上は無視できませんよね…」ということになりました。
―有川さんは『県庁おもてなし課』の印税を復興支援のために寄付されるそうですね。
有川 この作品は「地方に元気になってほしい」と書いたものです。舞台は高知県ですが、日本全体の地方に適用できる話です。その「地方」の一つが、こんなに大きな痛手を負っているのに、この本が何もしないのでは、私が書いたこと自体が嘘になってしまう。そう考えて、地震の翌日には重版を含め印税を全額寄付すると決め、角川書店に報告し、翌週に発表させていただきました。
地域の資源を生かせばそれぞれがテーマパークになれる
―昨年の兵庫には、第1回神戸マラソン開催という明るい話題もありました。全国から多くの方に来ていただき盛り上がりましたね。
井戸 2万3000人が走ったということは、その2~3倍の人がやって来たということで、大きな集客力になったことは事実です。また、第1回神戸マラソンのテーマは感謝と友情。震災から復興した街を走っていただき、私たちは感謝の意を表しますよというメッセージです。テーマを決めた頃には、まだ東日本大震災は起きていませんでしたが、被災地の復旧・復興に向けての激励メッセージにつながったのではないかと思っています。
私も、6時間台で走ったランナーたちをゴールで出迎えましたが、皆さん、ニコニコ満足顔でしたよ。
有川 残念ながら私は体を動かすのは苦手ですが(笑)、走っている友人などはたくさんいます。マラソンに限らず、スポーツは何でも自分のチャレンジを表現できる分かりやすいパッケージだと思います。一人ひとりが、その日の物語を抱きしめてゴールするのでしょうね。
―話題の『県庁おもてなし課』ですが、井戸知事はもう読まれましたか?
井戸 この対談に備えて読ませていただき、「そうか!高知県知事の代わりに、今日は私が呼ばれたのか」と納得しました(笑)。地域にはそれぞれ貴重な資源があり、それを活用してシナリオを作れば、地域おこしに十分対応できるという提案をいただきました。舞台は高知ですが、兵庫も是非、参考にさせていただきたいと思いました。
有川 それはうれしいです。地域は、それぞれがテーマパークになれるはずだと私は思っています。
井戸 作品に登場する高知のひろめ市場や日曜市は私も経験しましたが、雑然とした雰囲気が特徴的でした。元々城下町には、いろいろな人が集まって、そういう伝統文化が息づいている、それがいいんですね。神戸にそれが適用できるかといえば、少し違いますが、神戸の街で言えば商店街が同じような雰囲気を持っています。シャッター通りも少し増えてきましたが、東山商店街や水道筋商店街など、商店街はまだまだ街の拠点になっています。
―有川さんが感じる、兵庫県の印象は?
有川 自治体力では抜きん出ておられると感じています。経営が成功している自治体のモデルケースといえば、やはり兵庫県や神戸市だと思います。
井戸 しかし、〝株式会社神戸〟と呼ばれたのは震災までのことです。阪神・淡路大震災では、復旧までは国の支援がありましたが、復興に関しては主に通常の制度をうまく活用して自治体でやっていくという体制でしたから、兵庫県の財政は未だに厳しい状況です。借金償還という大変な負担が残っているわけです。しかし、復旧・復興はスピード感を持ってできるだけ早くやり遂げることが重要です。「お金がないから、やらない」というわけにはいきませんから、正しい選択だったと思っています。
有川 当時、復旧・復興への立ち上がりの早さには目を見張りました。
井戸 ガレキ処理が早かったからでしょうね。今回の東日本大震災では、ガレキが野積みになっている場所が多く、復旧に時間がかかっている印象があります。私たちも協力しなくてはいけないのですが、放射性物質の問題も絡んできて難しくなっています。
5つの国から成る兵庫には5つの魅力がある
―集客を目的にして「あいたい兵庫」キャンペーンに力を入れていますが、成果はどうですか。
井戸 兵庫は旧五国から成り立っていますから、5つの特色を持ち、5つの魅力を味わえます。実は震災までは、神戸のエキゾチックな雰囲気だけで集客できていましたのでほとんどキャンペーンなどやっていませんでした。ところが震災後、訪れる人が激減してしまい、積極的に展開するようにしてきました。昨年の秋は「食」、今年は冬から春にかけて「清盛・源平」をテーマにしています。
―「ひょうごのまち歩き」ガイドブックもできあがっていますが、どうですか?
有川 フォントやレイアウトに遊びが少ないかなと思います。高知県のおもてなし課が最初に作ったものに比べれば、随分いいですけどね(笑)。ただし彼らは今、かなり雑誌寄りのものを作っていますから、今は高知県の方が、ちょっと勝っているかも知れません。
井戸 このガイドブックに関しては、「これを見て、来て下さい」というよりは、情報が欲しい人向けに提供することを狙っています。来てもらうためなら、また違った方法があるかも知れませんね。
有川 そうかも知れません。一般の人がラックに並んでいるのを見つけたとしたら、もうちょっと楽しい雰囲気があったほうが手に取りたくなるかな。
井戸 ちょっと自慢させていただければ、「まち歩き」です。76コースをそれぞれボランティアガイドさんが解説しながら、人物、名所旧跡、食などをご案内します。地元の皆さんの協力を得て、参加型ツーリズムとしています。
有川 じっくり目を通すと、非常に興味深いものがあると思います。でも新しいお客さんを捉えるには、少し硬いかなという印象です。
井戸 確かに、どちらかといえば、リピーター用になっているかも知れませんね。参考にさせて頂きます。
その地を訪ねたいと思う理由は皆と共有できる物語があること
―兵庫のおもてなし力を高めるには、どうすればいいのでしょうか。
有川 兵庫、中でも神戸には来たい人がたくさんいるというアドバンテージの高さがありますよね。
井戸 本音はもっとたくさんの人に来てほしいんですがね。先日も旅行社の方と話したのですが、今は多額の費用を投じてテレビや雑誌でPRしてもあまり効果はない。効果的なのはブロガーやツイッターの力を使うこと。そんな人たちを呼んできて、案内して、発信してもらうと影響力はすごいということでした。一種の口コミですね。どう仕立てるか、悩んでいるところです。
有川 作家として、エンターテイメントの立場から申し上げるとすれば、今のお客さんは「物語を共有したがっている」というところにヒントがあるのではないでしょうか。例えば、『阪急電車』を読んで阪急今津線に乗りに行きましたという人、『県庁おもてなし課』を読んで高知県庁へ「おもてなし課は本当にあるんですか?」と訪ねて行く人などが、とても増えているそうです。皆で共有できる物語を持っている観光地は強いと思います。何かを書く時に、「これ面白いと思うんだけど、どうかな?」と投げかけて、チューニングが合った人が読んでくれたらいいと思っています。観光も同じように、「これどうかな?」と色々な人に向けて提案できる物語があれば強みになると思いますね。
―兵庫には、コウノトリ、ジオパーク、恐竜、姫路城、伊弉諾神宮、平清盛関連の史跡など素材はたくさんありますから、どう投げ掛けるかですね。
井戸 それらに加えて私は今、県内の産業遺産や実際に稼動している工場などが観光スポットになるのではないかと考えています。企業の協力を得て、見学コースを作ったり。新幹線ができ上がってくるところなんか見たいでしょう?
有川 そういう視点を持てるなんて、素晴らしいですね。工場で作られてる新幹線、見たいです!
井戸 それともう一つ、六甲山の魅力を改めて売り出せないかと思っているのですが、良いアイデアはないでしょうか。30分で深山幽谷の雰囲気を味わえ、あれだけ人気の山だったのに、あまり来てもらえていない。どうやって活性化したらいいのかが悩みです。
有川 個人的には、六甲山は手軽なハイキングコースがいくつもあって好きです。そのガイドブックを作る、スタンプラリーをするなどどうでしょう。
井戸 どちらも試みているのですが、もうひとつ効果がない。
有川 「これと同じ景色が見られる」、「ガイドブックで有名なあの景色はここから見られる」とか、「このホテルのこの部屋からこんな景色が見られる」などという体験をハイキングコースと一緒に提案してはどうでしょう。
井戸 それはヒントになります。映画ロケ誘致に通じるものがありますね。映画で恋人達がここで出会い、ここで別れたなど追体験をする人が多いそうです。映画「ノルウェイの森」でロケが行われた神河町の砥峰高原では、訪れる人が激増してトイレが足りなくなり増設したほどですから。
有川 やはり今のお客さんは、物語の共有への欲求が強いということでしょうね。どれだけドラマティックに仕掛けていけるかがキーになってくるという気がします。本を作るときと同じです。
井戸 阪急電車のようなドラマティックな仕掛けは一体、どうやって思いつくのですか?
有川 阪急電車に関しては、たまたま早朝電車に乗ったら、若いカップルが手をつないで眠りこけていました。それが微笑ましくて、「どこへ行ってきたんだろうね?」と言うと、ダンナが「それを妄想するのがキミの仕事だろ」と。確かに電車の中は物語の舞台になる、駅がつながっていることを利用したらもっと面白いかなと。きっかけは、いつも些細なことです。
井戸 普通は、電車から降りて家に帰る、電車に乗って職場に行くなど、駅はそれだけのものです。その駅をつなげようという、思いもしない発想からドラマティックな物語が生まれるんですね。
地域への参加で充実感を味わう生活を
―さて、最後にお二人の今年の抱負をお聞かせください。
有川 具体的には、3月に『三匹のおっさん再び』、夏には、自衛隊広報をテーマにした『空飛ぶ広報室』、年末頃には『旅猫リポート』を出版します。私にできることは、一冊、一冊を大事に書いていくことだけだと思っています。
井戸 経済状況をこれ以上悪くしないこと。東南海・南海沖地震に備えて、安全・安心な県をどうつくっていくか。そして、ブータンの幸福度指数ではありませんが、県民の皆さんには、充実感を味わえるような生活を送って頂きたい。それには、地域の中で自ら参加する、担うなど、参画と協働がもっと重要な年になると思います。
―ありがとうございました。
インタビュー 本誌・森岡一孝
井戸 敏三 (いど としぞう)
兵庫県知事
有川 浩(ありかわ ひろ)
作家 高知県出身
第10回電撃小説大賞「塩の街wish on my precious」(平成15年)
上半期エンターテインメント第1位「図書館戦争」(18年)
第39回星雲賞 日本長編作品部門「図書館戦争」シリーズ(20年)
第1回ブクログ大賞小説部門第1位「植物図鑑」(22年)
「県庁おもてなし課」出版(23年3月)。20年に刊行した「阪急電車」が映画化(23年4月)
「県庁おもてなし課」(発行:角川書店)
<作品あらすじ>
とある県庁に生まれた新部署「おもてなし課」。若手職員・掛水は、地方振興企画の手始めに、人気作家に観光特使を依頼するが、しかし……!? お役所仕事と民間感覚の狭間で揺れる掛水の奮闘が始まった!?