2012年
1月号

触媒のうた 11

カテゴリ:文化・芸術・音楽

―宮崎修二朗翁の話をもとに―

出石アカル
題字 ・ 六車明峰

前号の続きに入る前にちょっと。
杉山平一氏が戦後の一時期「関西探偵作家クラブ」の会員であったことが、宮翁さんの昔の著書『神戸文学史夜話』に載っていると前号に書いた。
その『神戸文学史夜話』という本のことにこの際触れておきたい。
神戸の文学史を研究する人にとっては今も無くてはならない貴重なものだ(その全改訂稿が、最近『歴史と神戸』誌に連載された)。昭和39年発行。宮翁さん42歳。働き盛りだったんですね。
掲載の写真をご覧ください。その題字。いいですねえ。ある人がこの字を見て「これはどなたが書かれたのですか?」と聞いたのだと。恐らく著名な書家が書いたと思われたのだ。
ところが実はこれは宮翁さんのご長女、安見子さん(当時八歳)の字だ。因みにこの安見子という名前、恐らく万葉集の歌「われはもや安見児得たり皆人の得難にすとふ安見児得たり」(藤原鎌足)から引かれたのではないだろうか。その安見子さん、当時まだこのような漢字は書けない。それで宮翁さんが見本を書いて、「この通りに書いてごらん」と書かせたのだと。それを題字に使われたのだ。しかし面白いですね。
わたしそれを真似しました。前号で触れた、うちの店で催した詩書展の看板を同じ方法で孫に書かせ、会期中それを表に出していた。する詩書展を見に来られた何人もの人がそれを見て「いい字ですねえ。これはどなたが?」と。なんの欲もない幼い子どもの字は、よほどの書家も太刀打ちできない。
と、また話が逸れた。この本『神戸文学史夜話』には、明治以降の兵庫県の文学史が詳しく細かく書かれている。宮翁さん、若き日の労作だ。
その巻末に、わたしが尊敬してやまない足立巻一先生が一文を寄せておられる。全文紹介したいがそうもいかないので一部。
「(略)宮崎さんは俊敏なジャーナリストです。そんな顔つきをしていますし、じっさいにそれだけの実績を持っています。しかし、根は無償の発掘者ではないかと思います。発掘者は山師ではありません。営々とガラクタを掘りつづけねばなりません。錯覚をおそれることなく一片のガラクタにも愛情を持たないかぎり、発掘という営為も持続しません。おそらく、わたしもたまたまそのガラクタの一片として愛情をあたえられたのでしょう。じっさい、わたしのように、宮崎さんの周囲にはそのふしぎな友情を得たガラクタ――無名が実に多いことをわたしは知っています。そんな宮崎さんだからこそ、地方文学史という無償の発掘作業を終生の仕事に選び、戦後一貫して推し進めてこられたのだと思います。(略)」
この後も、宮翁さんの触媒仕事への心からの賛辞が続きます。
先にも書いたように、この時宮翁さん42歳だ。まだまだお若い。なのに、足立先生は「無償の発掘作業を終生の仕事に選び」と書いておられる。宮翁さんの覚悟のほどをそばにおられた足立先生は肌で感じておられたのだ。
 
さてやっと本題。前号の続きである。
アメリカのアッカーマンという作家から「世界SF大会」への招待を受けた矢野徹は宮翁さんに「一緒に行きましょう」と誘いをかける。
しかし、アメリカ国内での滞在費はあちらがみてくれるということだが、旅費がない。で、宮翁さんが妙案をひねり出す。
「ハーレーダビッドソン社に打診しました。二人でハーレーに乗ってアメリカ大陸を横断する、だからサイドカーの提供と旅費を負担してほしい、大いに日米への宣伝になるはずだ、と。説得が成功してなんとかOKをもらいました。しかし今から思うと無謀ですね。日本人のだれもがやったことのないことをこの際やってやろうと思ったんですよ。若いということはスゴイですね。行けば何とかなるだろうと思ってましたから」
ところがハプニングが起こる。
「運良くね、ぼく、直前に病気になっちゃってね。行けなくなったんですよ」
後に、宮翁さんが畏敬する富田砕花翁から「君、病気になってよかったね」と言われた肺結核である。「人間は病気を経験しないと本物にはなれない」と。
「そんなことで、矢野に『お前一人で行って来い』ということになりました」
そこで、最相葉月さんの大作『星新一』にある記述、
「(略)往きの旅費のない矢野を応援しようと神戸新聞の宮崎記者がこの経緯を記事にしたところ、戦前の太平洋航路の豪華客船「あるぜんちな丸」の元船長が、それならうちの船に乗ればいいとアメリカ行きの貨客船を手配してくれた。(略)」
この矢野徹が後の日本のSF界を育てることになり、星新一へとつながって行くのである。これも触媒仕事ですねえ。

出石アカル(いずし・あかる)

一九四三年兵庫県生まれ。「風媒花」「火曜日」同人。兵庫県現代詩協会会員。詩集「コーヒーカップの耳」(編集工房ノア刊)にて、二〇〇二年度第三十一回ブルーメール賞文学部門受賞。喫茶店《輪》のマスター。

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