6月号
日本麻酔科学会第59回学術集会会長インタビュー
麻酔科におけるチーム医療とは?
日本麻酔科学会第59回学術集会が6月7~9日、昨年に続き神戸で開催される。今年のテーマは「今一度、チーム医療を考える」。麻酔科におけるチーム医療とは?麻酔科の現状と将来の展望など、今回の会長を務める古家先生にお聞きした。
―今年も全国から大勢の麻酔科の先生方が集まるのですか。
古家 7~8千人が参加すると思います。なにぶん大人数で収容できる会場の条件などから、毎年大都市での開催になっています。
―今年のテーマのチーム医療について教えて下さい。
古家 医療界では、チーム医療が広く知れ渡るようになってきました。でも、麻酔科でそれが実行できているのか?と私はずっと疑問に思っています。
外来や病棟には医師のほかに、看護師、事務職員などがいるように、手術室の中には、直接・間接いずれかで外科医を介助する看護師がいます。でも麻酔科医は常に一人で、人工呼吸器の管理や投薬をしています。チェックするのも自分。医療の安全の観点から、現場ではダブルチェックが当たり前の時代ですが、手術室の麻酔科で行われているケースはほとんどありません。命にかかわる薬が多いので、ミスはあってはならないことです。ところが、昔から麻酔科は医師が一人で受け持つようになっています。
これは間違いではないか、ダブルチェックができるように複数のスタッフで一つの医療にかかわるべきではないかと私は考えています。そこで、手術中はもちろん、手術前の準備の段階、手術後に病室に帰ってからも、麻酔科医のほかに、例えば看護師、臨床工学技士、薬剤師のようなメディカルスタッフを加えたチームの関与が必要です。非現実的だと言われるかも知れませんが、この機会に皆でぜひ考えて欲しいという思いでテーマにしました。
―このような提案は初めてのことですか。
古家 今までにわが国でもいろいろな大学で提案されたことはあるようですが、組織立った動きにはなっておりません。私は、手術前の患者さんのチェックから、手術中、手術後の痛みの管理まで「周術期」の一連の医療が麻酔科医療ですが、全て一から十までを麻酔科医だけが担当する必要もないと思っています。またそれだけのマンパワーもありません。術前、術後の可能な部分はそれぞれに医師以外の専門スタッフが関与すればよく、その役割を担う「周術期管理チーム」を作ろうと日本麻酔科学会では提案しています。
アメリカ、イギリス、オーストラリアを始め海外では多くの国で麻酔科医療に医師以外がかかわるシステムが取り入れられています。奈良県立医大でも病院内の専門資格として認め、既に動き始めています。その結果、麻酔科医のストレスがかなり軽減され、ミス防止にもつながっています。前述のように日本麻酔科学会では人材育成をしようというプロジェクトを進めています。まだ実現に至っていませんが、麻酔科でのチーム医療という考えをもっと広く知ってもらえれば、きっと前へ進めます。
―奈良医大ではどんな人材育成をしているのですか。
古家 奈良医大でも看護師は人手不足でこの取り組みに組み入れるのは難しいところです。そこで現在大学を卒業してどんどん育ってきている臨床工学技士を麻酔科の専門スタッフとして教育しました。各病院で認識の差はあると思いますが、奈良医大では全く反対もなく順調に進んでいます。
―良い提案ですね。きっと賛同を得られるでしょうね。
古家 そうなればうれしいですね。国家資格を持つスタッフではないので医行為を代わりにやってもらうわけではなく、あくまでもアシストしてもらおうというもの。例えば臨床工学技士なら、その可能な職務範囲を麻酔科医療にまで広げようというものです。それを理解していただければ、きっと賛同を得られると思っています。
―先生が提案されている「医療の安全」の一環ですね。
古家 手術の必要性が高まっているにもかかわらず麻酔科医の数も不足し、また容易に増員はかなわないのが現実です。足りない人員で多くの麻酔を行い、その結果麻酔科医が疲れ切っていては、余裕を持って手術中の麻酔に当たれません。アシストしてくれるスタッフが居るだけで患者さんに安心して手術を受けていただける体制が整います。麻酔科医が足りないという現実を踏まえ、将来的にはメディカルスタッフの協力を得て、一人の麻酔科医が複数の手術を管理できる状態にもっていくことも検討すべきです。
―医療の安全については、ほかにも提案をされるのですか。
古家 手術中の患者さんの安全を守るためのシステムをWHOが提唱しています。名前、部位、状態など非常に基本的なチェックリストですが、まだ日本ではほとんど取り入れられていません。手術にかかわる外科医、麻酔科医、看護師など全員で患者さんの安全についての共通認識と問題意識を持つという場がないのが現状です。今回は、WHOのチェックリストに加え、患者さんの状況を全員が理解し、手術中に何か問題が起きた時にすぐにフィードバックできるシステムを作り日本中に広げていこうと提案する予定です。
―4月に病院長になられた古家先生ですが、これからの奈良医大をどういう方向に持っていこうとお考えですか。
古家 まずチーム医療の実現と安全な医療を確保して患者さんが不利益を蒙らないようにすることです。もう一つは医療の質の評価です。病院では医師や医療の質を評価する方法が存在しませんが、奈良医大で独自のステムを取り入れられないかと考えています。日本の大病院で導入されているDPC(診断群分類包括評価)の標準値を基準にして評価するというのも一つの方法かなと思っています。
―大学を卒業されてから古家先生が麻酔科を選んだ理由は?
古家 外科医になるつもりで、卒業時の研修では外科に必要な麻酔科でも研修を受けました。半年の研修では足りないと思い、当時の大阪逓信病院(現・NTT西日本大阪病院)なら外科と麻酔科両方担当できるというので1年ほど勤めました。その後、国立循環器病センター開設時に阪大の教授から同センター麻酔科の一員に推薦されました。麻酔科には惹かれるものがあり、教授の気持ちにも応えたいとお受けして現在に至っています。
―麻酔科を目指す若いお医者さんへのアドバイスは?
古家 麻酔科医には向き不向きがあります。患者さんに麻酔薬を投与してコントロールすることが怖いと思うようなら向いていないでしょうね。また私は麻酔科医は手術中患者さんの代弁者だと考えていますから、外科医に対してものが言えなければいけません。そしてものを言うためには外科医と議論できるだけの力を身につけておく必要があります。麻酔だけでなく手術にも興味を持てる人が向いていると思います。また、全身管理ができる麻酔科医がさらに集中治療の能力を身につけてその上にトリアージの能力を身につければ救急医療に関わることができますし、痛み治療の能力を身につければ緩和医療にも関わることができると考えています。
―全体をコーディネートする立場になれるということですね。
古家 そうです。手術時の麻酔に限らず、どんどん領域を広げて挑戦していってほしいと思っています。
―次世代のためにも、麻酔科医の環境と地位向上、そして安全な医療提供にご尽力ください。
奈良県立医科大学附属病院院長
日本麻酔科学会第59回学術集会会長
古家 仁さん
1975年大阪医科大学卒、同年大阪大学医学部附属病院 研修医、1976年大阪逓信病院麻酔科 医員、1977年国立循環器病センター麻酔科 厚生技官、1985年奈良県立医科大学麻酔科学教室 助教授、1995年奈良県立医科大学麻酔科学教室 教授、2012年奈良県立医科大学附属病院病院長就任、現在に至る。
麻酔博物館
The Japanese Museum of Anesthesiology
麻酔博物館は、日本麻酔科学会の歴史に関わる資料を保存し、後世に伝えるために設置いたしました。
麻酔科学史における貴重な歴史的遺産や、麻酔に関わる有形・無形の資料をご覧いただけます。
また、展示内容の更なる進化を志し、医療と学問の発展に寄与いたします。
学界の歴史年表
手術室展示
麻酔機器展示
映像展示
麻酔博物館 The Japanese Museum of Anesthesiology
650-0047
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