2月号
連載 教えて 多田先生! ニュートリノと宇宙のはじまり|〜第32回〜
〜第32回〜「暗黒物質が宇宙に齎したもの」
自然界で最も大きな存在が宇宙、そして最も小さな存在が素粒子と考えられている。素粒子を研究することで、宇宙のはじまり、人間の存在を解明する―
日本の誇りをかけて、その最前線で日々研究に打ち込む素粒子物理学者・多田将先生。
謎に包まれた宇宙について多田先生に教えていただきます。
さあ、授業のはじまりです!
高エネルギー加速器研究機構の多田と申します。
第23回から、今回含めて一〇回にわたって、暗黒物質の話をしてきました。今回は、そのまとめとして、暗黒物質がわれわれに齎したもの、そしてその先についてお話ししましょう。
第25回で、「Cosmic Evolution Survey」という観測についてお話ししました。それは、宇宙における暗黒物質の分布を調べ、それによってこの宇宙がどのように進化していったのか、を研究するものです。「どのように進化していったか」はこのような観測やそれを基にした計算によって推測することになりますが、いっぽうで、「最後はどうなったか」、つまり現在の宇宙の姿は、これとは別の、星々の観測によって直接知ることができます。この二つが、矛盾していてはなりません。「進化の過程」は、その結末が、現在の宇宙の姿に行き着かねばならないのです。
現在の宇宙の姿というのは、われわれの太陽系を含む銀河があり、それらの銀河が、銀河団という集まりになっている、この姿です。不思議なことに、宇宙は、物質が均一に分布しているのではなく、星にせよ、銀河にせよ、銀河団にせよ、そういった「塊」となるよう、偏って存在しているのです。そして、銀河団も、宇宙に均一に分布しているわけではなく、フィラメントのように偏っています(図1)。このフィラメント状に偏った銀河団は、「グレイト・ウォール」と呼ばれています。これは「万里の長城」のことです。そして、それに囲まれた、「泡」のように何もない空間が、「ヴォイド」と呼ばれています。このような不思議な形に進化したのはなぜでしょうか。
このような巨大な構造に働きかけることができる力は、重力をおいてほかにありません。その重力の源となっているのは、質量のある物質です。そして、宇宙全体で質量の面で支配的となっているのは、われわれになじみのある物質ではなく、暗黒物質であることは、これまでの連載でお話ししてきた通りです。この「進化」の研究によって明らかになったのは、現在観測できる宇宙の姿となるには、宇宙を構成する割合が、電子や陽子といった「普通の物質」が、第25回でもお話ししたようにたったの五パーセント、「冷たい暗黒物質」が二七パーセント、「熱い暗黒物質」はないほうがよくて、あっても一パーセント以下でなければなりません(図2)。
…あれ? 足しても一〇〇パーセントになりませんよね? これまた第18回、第21回、第22回、第25回で繰り返しお話ししてきたように、ビッグバン宇宙論から、宇宙全体では臨界密度ちょうどでなければなりません。それが一〇〇パーセントに相当します。では、「普通の物質」ではなく、「冷たい暗黒物質」ではなく、「熱い暗黒物質」でもない、残りの六八パーセントは?
実はこれが、「暗黒エネルギー」なのです! なんじゃ、そりゃ!
この「暗黒エネルギー」は、現代の科学をもってしても、それが何なのか、まったくわかっていません。暗黒物質のように、候補すら挙がっていません。わかっているのは、「物質ではない」ということだけです。この六八パーセントが物質であれば、宇宙の「進化」の過程に差し支えがあり、現在の宇宙の姿にならないからです。これだけ毎月連載で宇宙の謎を解き明かしてきながら、最後の最後に、「実は宇宙の七割は、得体の知れないエネルギーからできています」が結論とは!
ところが、この「暗黒エネルギー」なる正体不明のものは、数式だけであれば、本連載の読者のみなさんは、すでに目にされているのです。ビッグバン宇宙論の初期(第11回)でアインシュタインが自身のアインシュタイン方程式に蛇足のように書き込み、のちに「人生最大の失敗」と言わしめ、そして最新のビッグバン宇宙論(第22回)で華麗に復活した、あの「宇宙項」のことです! そして、それがいったい何なのかはいまだまったくわかっていないということも、第22回でお話しした通りです。
今回の話をお読みになられて、みなさんはどうお思いになられたでしょうか。「学者はまるで見てきたように宇宙の話をするが、実際はほとんどわかっていないじゃないか」でしょうか。はい、その通りです。宇宙についてもっともらしいことを言っても、実際に本当の宇宙、地球以外の天体に行った人は、アポロ計画の二一人しかおらず、残りはこの地球にへばりついてあれこれ考えているに過ぎないのです。もしもっと多くの人が本物の宇宙に出られるようになれば、はるかに多くのことが解明されていくことでしょう。
この「残りの六八パーセントの謎」は、次の世代を担う若者、あるいは、いまだ生まれてもいない将来の若者たちに、「楽しみ」として取っておこうではありませんか。

図1 宇宙の大規模構造のコンピューター・グラフィック。 Andrew Pontzen/Fabio Governato

図2 宇宙の構成比

華麗に復活した宇宙項
PROFILE 多田 将 (ただ しょう)
1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。












